ここから本文です

開業100周年事業が始まった木次線の「試練」

ITmedia ビジネスオンライン 7月29日(金)6時49分配信

 ゲームアプリでもモンスターとして登場するヤマタノオロチ(八岐大蛇)は、日本の神話に登場する恐ろしい怪物だ。頭が8つ、尾も8本。その巨大な大蛇が毎年暴れ、山から人里に下りて若い娘を食べてしまう。その話を聞いたスサノオノミコトは、里に残った最後の娘、奇稲田姫(クシナダヒメ)を見初め、「この娘をくれるなら」という条件でヤマタノオロチを退治した。

【おろちループという道路と赤い橋が見える】

 その後2人は須賀という地を訪れ、青空に立ちのぼる美しい雲を見て清々しく感じ、「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣作るその八重垣を」と歌った。これが日本初の和歌とされ、出雲国の地名の由来である。八雲は出雲国の枕詞であり、ギリシャ出身の作家、小泉八雲の名の由来。岡山と出雲市を結ぶ特急列車の愛称にもなっている。東京と出雲市を結ぶ「サンライズ出雲」も人気列車である。

 伝説のヤマタノオロチは、この地を流れる斐伊川(ひいかわ)の氾濫という見方もある。この斐伊川沿いの鉄道路線が「木次線」だ。島根県の宍道湖湖畔の宍道駅と広島県の山中、備後落合を結ぶ81.9キロメートル。路線名の由来は主要駅の木次駅。かつて島根県木次町の中心であり、現在は周辺6町村が合併した雲南市の中心となっている。南側の山中、下久野駅から三井野原までは奥出雲町にある。宍道湖側は松江市、終点の備後落合は広島県庄原市だ。

 木次線は鉄道ファンにとってもよく知られている。出雲坂根駅付近の三段式スイッチバックを体験しに訪れる観光客は多いし、トロッコ列車「奥出雲おろち号」も走る。しかし、経営状態は芳しくない。

 国土交通省が公開した2013年度の鉄道統計年鑑によると、木次線の1日1キロメートルあたりの利用人数は245人。JR西日本の路線では下から数えて3番目。JR旅客路線全体でも下から数えて6番目だ。路線の大整理を打ち出したJR北海道で最下位となる日高線は、JR全体では下から数えて10番目。1日1キロメートルあたりの利用人数は312人で、木次線はJR北海道の最も過疎な路線より少ない。

●隣の三江線は廃止問題に揺れる

 JR西日本で利用人数が最も少ない路線は三江線で、1日1キロメートルあたりで45人。2010年4月にJR西日本は社長会見で赤字路線のバス転換に言及し、三江線沿線自治体は危機感を募らせ、三江線改良利用促進期成同盟会・三江線活性化協議会の活動を活発化させた。しかし、沿線住民の利用増、他地域からの観光客誘致効果は限定的だ。2010年度の鉄道統計年鑑では1日1キロメートルあたり66人の利用者が、上記の通り2013年度は45人と3割以上も減っている。

 2012年にはバスによる増便社会実験も実施した。しかし、その結果を踏まえて、2015年10月にJR西日本は三江線のバス転換の方針を決め、島根県と広島県に通知したと報じられた。

 現在までの取り組みとして、自治体主導の鉄道存続とバス転換などを試算したものの、膨大な費用がかかると判明し、資金のめどが立たない。山陰中央日報によると、三江線改良利用促進期成同盟会は7月18日、JR西日本に運行継続を要望すると決め、8月1日にJR西日本社長へ直談判するという。「地元で引き受けられないから、やっぱり鉄道を存続してほしい」。この考え方は近鉄内部線・八王子線でもあったけれど、民間企業にとって受け入れ難い。事実、内部線・八王子線は第三セクターとして存続する道を選んだ。

 もし、三江線が廃止された場合、JR西日本の次なる事業整理の対象は、現在下から2番目の大糸線と3番目の木次線だ。大糸線は新潟県の糸魚川駅と長野県の松本駅を結ぶ路線で、このうち糸魚川と南小谷の間がJR西日本管轄、南小谷と松本の間がJR東日本管轄である。

 大糸線のJR西日本側も廃止が検討されたようだけれど、糸魚川駅に北陸新幹線の駅ができたため、新幹線アクセスと糸魚川周辺の活性化に期待して廃止論議は棚上げされているようだ。

●沿線の危機感が薄い木次線

 では、下から3番目の木次線はどうか。JR西日本から路線廃止に関する提案もない。JR西日本は1990年から「木次線鉄道部」という独立部門を設置した。ローカル線を地域に密着させた存在とし、活性化と合わせて効率化を推進する制度だ。他の鉄道部は地域単位。しかし木次鉄道部は唯一の路線単位の組織である。部長職は木次駅長が兼任する。これをJR西日本の配慮と好意的に受け止める人も多いかもしれない。

 いや、実際は鉄道に関心がない、クルマで十分という考えが大勢だろう。私が乗ってみたところ、出雲横田駅を境に利用客に隔たりがある。これも雲南市と奥出雲町の温度差につながっていそうだ。雲南市側は出雲大東駅に市立病院があり、宍道駅と木次駅の間は通学需要も多い。1両の中型気動車では立ち客も多い。

 この現状を見ると、「廃止されるにしても、木次駅あるいは出雲横田駅以南だろう」と楽観視しそうだ。それだけに奥出雲町側は危機感を募らせているはずだ。しかし、その危機感は雲南市も持つべきである。もしJR西日本が木次線と木次鉄道部廃止の方針を打ち出したら「はいそうですか。これからは皆マイカーにします」と言うわけにはいかない。少なくはない鉄道利用者数のために、公的な移動手段を手当てしなくてはいけない。

 観光客の窓口としての木次線の役割も見過ごせない。出雲大社、宍道湖、松江城下町という大きな観光地の陰に隠れているとは言え、雲南・奥出雲の斐伊川流域はヤマタノオロチ伝説の観光要素がある。

 地酒、地ワイン、地牛乳、地醤油、日本で初めて卵かけご飯用の醤油を売り出した地域だ。松江や大阪、広島、岡山から、ローカル線とグルメを楽しみに来る観光客も少なくない。出雲大社の観光など半日で足りる。さらに興味深い何かを求める旅行者に対して、鉄道がなくなれば入り口を失う。他の地域へ流れてしまう。

 木次線を第3セクターとして残すか、残すとすれば全線か一部区間か。いや、廃止されないように先手を打つべきか。そろそろ「起きるべき事態」を想定した準備が必要だ。しかし、昨年までは目立った動きはなかった。

●木次線開業100年、全線開通80年、おろち号20年

 良い兆候として、今年に入ってようやく木次線活性化の動きが出てきた。

 今まで、木次線の活性化についてJR西日本と沿線自治体の取り組みがないわけではない。その象徴がトロッコ列車「奥出雲おろち号」だ。除雪用のディーゼル機関車を春から秋まで転用し、団体用客車2両を改造した。うち1両は吹きさらし木製ベンチのトロッコ車両。残り1両は雨天時や厳寒時の待避用として冷暖房完備のリクライニングシートを備える。定員は1両分、車両は2両という贅沢(ぜいたく)な作り。鉄道ファンにとっては、客車最後尾側に運転席がある「プッシュプル方式」が珍しい。

 奥出雲おろち号は1998年に運行を開始した。木次鉄道部の成果の1つだ。車両は中古だから初期費用は少なかった。しかしメンテナンス費用はかかる。そこで2009年から、出雲市・雲南市・奥出雲町・飯南町による地域連携組織「出雲の國・斐伊川サミット」が運行費用を負担している。

 奥出雲おろち号の車両は今年春に定期点検・車両検査期限を迎えた。その費用も出雲の國・斐伊川サミットが負担した。奥出雲おろち号が日曜日を中心に山陰本線の出雲市駅発着となる理由も、出雲市がサミットに参加しているからだ。木次鉄道部と出雲の國・斐伊川サミットの連携が核になりそうだ。

 しかし、奥出雲おろち号にも老朽化の懸念がある。今年の車両検査で法令上は3年間の運行継続が可能になった。しかし木次鉄道部によると、「次回の検査は厳しい。これから壊れる部品によっては、3年以内に安全運行に支障が出るかもしれない」という。2代目おろち号の車両を手当てするか、他の観光列車を用意するか。その検討も必要だ。

 地域の人々にとって、木次線がいかに大切な存在か。木次線の取り組みを意識してもらいたい。その好機が今年、2016年だ。

 1916年に木次線の前身である簸上鉄道(ひのかみてつどう)が宍道~木次間を開通させてから100周年にあたる。来年は国鉄木次線の全線開通から80周年。再来年は奥出雲おろち号の運行開始から20周年となる。地域の人々だけではなく、全国から注目したもらえる好機到来だ。これを生かしたい。

 簸上鉄道は、奥出雲でたたら製鉄を成功させた絲原家の当主が先頭に立って資金を集めて開業した。明治時代に近代製鉄が始まるとたたら製鉄は衰退。職住接近型の製鉄業によって人を集め「絲原村」と呼ばれる地域も、このままでは落ちぶれてしまう。そこで12代当主・絲原武太郎が鉄道建設を決意。13代の武太郎が開通させた。

 たたら製鉄の終了後、「絲原村」など奥出雲の人々は木炭生産に転じ、鉄道で出荷している。「地域を衰退させたくない」という絲原家の地域への思いが木次線を作った。その心意気を100年で消してはいけない。

 今年3月には木次線開業100周年実行委員会が設立された。委員長は奥出雲町長、副委員長に木次鉄道部長と雲南市長、監事として松江市長と広島県庄原市長が名を連ねている。Webサイトも立ち上がり、プレイベントがいくつも始まっている。さしあたり、どんなに小さくてもイベントのプレスリリースを出すべきだ。鉄道で言えば、奥出雲おろち号のヘッドマークが今年から変わり、木次線100年記念のデザインになった。出発式も行われたそうで、これだけでも鉄道ファンの関心を集める要素になった。

 実にもったいない。この好機を逃してはいけない。地域の人々の尽力に期待したい。

(杉山淳一)

最終更新:7月29日(金)6時49分

ITmedia ビジネスオンライン