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中村紘子、逝去

BARKS 7月29日(金)0時34分配信

ピアニストの中村紘子(本名:福田紘子)が、2016年7月26日午後(22時25分)大腸がんのため自宅で逝去した。享年72歳だった。葬儀は、7月28日に近親者のみで執り行われた。

◆中村紘子画像

中村紘子は早くから天才少女ピアニストとして注目され、1960年NHK交響楽団初の世界一周公演のソリストに抜擢され華やかにデビューを飾った。ジュリアード音楽院留学を経て1965年に第7回ショパン・コンクールで入賞し、以後、日本のピアニストの代名詞となり、国内外のオーケストラとの共演、世界各国でのリサイタルなど3800回を超える演奏会を通じて聴衆を魅了し続けた。レコーディングも活発に行い、1968年にソニー・レコードの専属第1号アーティストになって以来50点余りの録音を残している。

1982年からはチャイコフスキー・コンクール、ショパン・コンクールなど数多くの国際コンクールの審査員、1994年から15年間にわたって浜松国際ピアノコンクールの審査委員長も歴任し、「難民を助ける会」や日本赤十字などを通じてのボランティア活動にも積極的な役割を果たした。デビュー50周年を迎えた2009/2010年シーズンには80回を超える「デビュー50周年記念コンサート」を実施し、2015年には東京交響楽団と36年連続37回目となるニューイヤーコンサートに出演、病気と闘いながら、2016年4月には東京交響楽団とモーツァルトのピアノ協奏曲第24番を共演している。5月8日に兵庫県洲本市(淡路島)で行ったリサイタルが最後の公の場での演奏となった。

夫の庄司薫氏は「誕生日(7月25日)をむかえる日も、このところみつけた、モーツァルトからラフマニノフまで、音色に新しい輝きを与える奏法を試すのだといって、興奮していました。ぼくも、それを聞きたいと熱望していました。残念です。」とコメントを出している。

2015年に大腸がんの診断を受けたことを公表、治療と演奏活動を行ってきたところだった。後日、お別れの会が執り行われる予定となっている。ご冥福をお祈りいたします。

最終更新:7月29日(金)0時34分

BARKS