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【乗りもの豆知識】東京メトロの路線カラーはどのようにして決まった?

乗りものニュース 7/29(金) 7:00配信

丸ノ内線の赤はイギリスのたばこの箱に由来

 東京メトロでは、全9路線それぞれに“路線カラー”を付与し、路線図や駅の案内板などに採用することで、利用者に各路線をわかりやすく案内しています。では、これらの路線カラーは、いつ、どのような経緯で決まったのでしょうか。

 東京メトロによると、路線カラーを初めて導入したのは1970(昭和45)年。当時開業していた銀座線、丸ノ内線、日比谷線、東西線、千代田線の5路線と、都営の浅草線、三田線の2路線を走る車両の色などを基準に、営団地下鉄(現・東京メトロ)と東京都で路線カラーを決めました。その元になった、車両の色の由来は次のとおりといいます。

・銀座線(オレンジ色):BVG(ベルリンの地下鉄)を模範にした明るい黄色
・丸ノ内線(赤色):丸ノ内線の建設調査でロンドンを訪れた際に吸った、イギリスのたばこの箱に使われていた色
・日比谷線(灰色):初のステンレス車で無塗装であったため、そのままの色
・東西線(水色):ステンレス車で日比谷線と区別するために入れた、「ハイライトブルー」(タバコ「hi-lite」で使われている水色)の帯
・千代田線(緑色):相互直通予定の常磐線を走っていた103系電車の車体色

 ちなみに、1970(昭和45)年時点で計画中だった有楽町線と半蔵門線、南北線、都営新宿線についても、この5路線と同時に路線カラーが決定。その後に計画された副都心線と都営大江戸線については、1985(昭和60)年に路線カラーが決定したといいます。

青山陽市郎(乗りものニュース編集部)

最終更新:7/29(金) 12:55

乗りものニュース

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