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「父さんが遺したものは俺自身」、名古屋入りMF宮地元貴、亡き父との約束

ゲキサカ 7月29日(金)11時44分配信

 今は亡き最愛の父への思い。幼き頃、二人でボールを蹴っては口にしていた約束を胸に抱き、慶應義塾大のMF宮地元貴(4年=東京Vユース)は歩みを進めている。

 小学校卒業とともに地元・静岡を飛び出し、サッカー選手になると誓って、桐蔭学園中へ進学。高校卒業までの6年間は神奈川県内の祖母の家で暮らしていた。離れた場所にいても、週末毎に両親は静岡から上京し、試合の応援に駆けつけた。週に一度はともに食卓を囲むのが恒例だった。慶應義塾大進学後は、祖母の家を出て寮生活をスタート。大学2年時には、早くも両親の下を離れて7回目の春を迎えた。

 そんな20歳になったばかりの2014年5月、悲劇が襲う。3日にBMWスタジアム平塚で行われた関東大学リーグ第6節・東京国際大戦。当時はFWとしてプレーしていた宮地だが、この日は不発。0-2で敗れ、試合後には応援に駆けつけた両親とともに、平塚駅前で食事をした。

 他愛もない、いつも通りの会話をして別れた後、父・健一さんから元貴へメッセージが届く。今季の目標として「得点王になる」と掲げていた息子に対して、「自分が言ったことは必ず実現できるように頑張れ。俺はサッカーは素人だけど、応援しています」というものだった。父からの応援に胸熱くしながら、その日は眠りについた。

 そして翌朝。朝練習を終えた元貴の携帯電話に母と妹から無数の着信が入る。父が自宅で倒れ、救急搬送されたと知らされた。慌てて地元・静岡へ戻るが、臨終には間に合わず。病院への移動中、母からの電話で相談された末に「もうどうにもできないなら……」と心臓マッサージを止めてもらう判断を下した。あまりにも早すぎる49歳での急逝だった。

 「前日には普通に話していたのに。何が起きたかわからなかった。実感もなかったですよ」。現実を受け入れられないまま、あっという間に時間は過ぎた。父、母、妹の4人家族だったこともあり、葬儀では長男として喪主も務めた。一家の大黒柱になった元貴は、母・幸代さん、当時高校2年生だった妹の香恋さんの痛みを深く感じ、父がそうであったように、精一杯に頼もしく振舞った。

 喪主の挨拶では、「夢は大きく持ちなさい」という父との約束を思い出し、「世界一のサッカー選手になります」と誓った。それは子供の頃にずっと親子で言い続けていた言葉だった。4歳でボールを蹴り始め、いつも寄り添い笑顔で応援してくれていた父。その姿をもう見ることができない現実に、改めて胸がえぐられた。溢れる思いを口に出すと涙が止まらなかった。それでも「今度は俺が大黒柱になって、父さんに代わって母さんと妹を支える」と強く誓った。20歳にして、優しく大きな柱を失った。

 離れて暮らす時間が長かったがやさしい両親が大好きだった。父・健一さんは「本当に何も怒らないし、温かく見守るタイプ」だったという。

 亡くなる20日ほど前、4月16日の第3節・中央大戦(2-1)で元貴は得点を挙げて、ベストヒーロー賞を受賞。試合後には“ヒーローインタビュー”も受けた。翌日17日は元貴の20歳の誕生日。電話で成人になったことを祝福してくれた父は「ありがとう……」と涙していたという。

 前日の試合で応援に訪れていた父は、19歳最後の日にヒーローインタビューを受ける姿を誇らしく思ったようだ。小さな頃からひたむきにサッカーを続けていた一人息子が、スポットライトを浴びたのを見て、胸にくるものがあったのだろう。

 離れていても父の存在が息子の支えになっていたように、父はどんなときも息子を思い、その成長を見守っていた。あの時、父からもらった「ありがとう」は今でも色あせることなく、元貴の心へ深く刻まれている。

 大好きだった父との別れ。元貴に後悔があるとすれば、亡くなる前の日の試合を無得点で終えたこと。それまで5戦3得点を挙げていたが、その日は無得点で0-2の敗戦だった。「俺が決められなくて、試合にも負けちゃって。試合後に会った父さんも本当に悔しそうで。それを見て、改めて俺も悔しくて。せめて最後に勝った姿を見せたかったなと言うのは、結果論としてありますよね」。寂しそうに言う。

 それでもまだまだ父との“約束”は道半ば。「もう親父はいないけど……父さんが遺したものは俺自身だと思っているので。頑張らないといけない。頑張って感謝を示したい。家族を支えたいです」と気丈に語った。

 父の死後、しばらくは「夢の中にいるような、ふわふわとした感じでした」というが、徐々に視界は開けていった。FWだったポジションをDF、MFへ戻し、今春には全日本大学選抜にも選出。初めて日の丸も背負った。大学最終年の今季は慶應義塾大で主将を務めている。

 妹・香恋さんの大学進学を機に、今春からは母と妹も上京して9年ぶりに家族揃っての暮らしがスタート。「母さんと暮らすのは、小学校卒業以来なので9年ぶり。それで大学ラストシーズンを攻めてます。今年はキャプテンできつい時期もあったけど、実家だったから耐えられた」と言う元貴は「やっぱり家族はいいですね。なかなか母さんの作るご飯を食べてなかったら、それを食べられるのはやっぱり幸せです」。ひと際優しく微笑んだ。

 今月27日には来季の名古屋グランパス加入が内定。まずは夢への一歩を踏み出した。「父さんも必ず見ていると思うので、名古屋でも活躍している姿をみせたい。“世界一のサッカー選手”は遠いですけど、でも父さんはいつも、夢は大きく持つように言っていた。そういうのは忘れずにやっていきたい」。

 その身に受けた父からの愛を力に変えて、残された家族を支え、時には支えられながら、宮地元貴は歩みを続ける。

最終更新:7月29日(金)19時2分

ゲキサカ

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