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「植民」から「機会」に…東アジアのビール変遷史

ハンギョレ新聞 7月30日(土)9時53分配信

移植から始まった世界最大市場 「味覚の世界化は機会にもなる」 『満州モダン』のハン・ソクチョン教授が小論文

 ビール、それは全世界で年間2億キロリットルが消費される最も大衆的な酒。紀元前4000年頃、メソポタミアのシュメール人が初めて飲み始めたという。しかし人類史で最も古いこの発酵酒は、東アジアでは自生的に作られたことはない。東アジアにおけるビールの歴史は「移植」で始まった。

 1900年、満州ハルビンに東アジア初のビール工場が建てられ、その後21世紀に世界最大のビール市場に浮上するまでの1世紀余りの歴史を、植民主義、ナショナリズム、国際化という三つのキーワードで興味深く解きほぐした小論文が発表された。

 『満州モダン』など一連の著書を通じて、満州と東アジアの近代を深く掘り下げてきた東亜大社会学科のハン・ソクジョン教授(63)は、季刊『社会と歴史』(韓国社会史学会)最近号に寄稿した小論文「植民、抵抗、そして国際化」で「20世紀東アジアにおけるビールの拡散に関する研究」を解き明かした。

 「西欧におけるビールの拡散は、都市化、資本主義、鉄道の発達と軌を一にするが」、東アジアでのビールは「植民者の酒」として導入された。ハルビンに年産1200トン規模のビール工場を建てたのは、当時山東省を占領していたロシア人だった。3年後「義和団事件」を機にドイツ軍人が進駐した中国青島(チンタオ)には独英合作でビール工場が作られた。中国の代表ビール「チンタオビール」の始まりだ。

 日本は西欧の方式を踏襲した。第1次世界大戦が勃発すると「大日本麦酒」が青島ビールを買収し「中国市場の橋頭堡とした」。植民地に新たな企業と原料農場を作り、土着企業を強制的に買収しビール市場を掌握していった。日本の二大ビールメーカーの大日本と麒麟は、日本国内市場を7対3、海外市場を8対2で分け合った。植民地朝鮮では、大日本は朝鮮ビール(ハイトビールの起源)を、麒麟は昭和麒麟(OBビールの起源)を作り、「解放後に韓国のビール産業に深い影響を残した」。日本のビールメーカーは、フィリピンなど東南アジアの植民地にも進出した。「帝国主義は日本のビールの海外進出の起爆剤になり、ビールは政府の主要税源」だった。日本のビール業界は、敗戦で絶体絶命の危機を迎えたが、占領軍だった米軍の需要と「朝鮮戦争特需」のおかげでよみがえる。

 種は植民者らが撒いたが、戦後にそれを育てたのは現地の政府だ。台湾の高砂麦酒は、政府専売会社に成長し、21世紀初めに公営化されたが依然として国内1位だ。ベトナムのサイゴン、ハノイビールも戦後に政府に引き取られた。1930年代の「国貨運動」(国産品愛用キャンペーン)当時は忌避された青島ビールも、戦後の国民党政権を経て共産党政権が買収し、1960年代からは外貨獲得に大きな役割を果した。改革開放後は、破格の支援の下で巨大ビールメーカーに育てられた。北京燕京と広州珠江ビールも同じ経路を歩んだ。

 今、ビールの植民主義的起源はもはや恥部ではない。「今日、東アジアのビールは植民主義的起源までを商品化している」。チンタオはオクトーバーフェストをまねたビール祭りを毎年開き、「ドイツ起源」イメージを広告している。世界的な流れに合わせて、きついポーター(porter)から優しいラガー(lager)に乗り換え、生産量の70%を輸出している。シンガポールのタイガービールは「オランダビール400年の技術蓄積」といったヨーロッパとの連係を前面に掲げた積極的マーケティングで、シンガポールを代表するビールに成長した。

 1900年代初期、初めてビールを飲んだ中国人は「馬の小便」に似ていると言った。60年代の中国の1人当り年間ビール消費量は0.5本に過ぎなかった。しかし、今は生産も消費も世界1位だ。日本は過去一世紀の間に150社余りの会社が競争して、生まれては消えた結果、世界7位の生産・消費国になった。世界10大ビールメーカーのうち、非西欧企業として名をあげた3社は、中国の青島と雪花、日本のアサヒで、すべて東アジアのビールだ。

 植民の歴史は大概は黒い歴史(暗く忘れたい歴史)になるが、すべての面でそうとは限らない。土着の制圧により出発した東アジアのビールメーカーもそうした例外の一つだ。逆説的に言えば、それは東アジアの国々に「機会を招いた世界」でもあった。特に味覚の世界は単純に権力や経済的土台に還元して説明できない相対的自律性がある。「一方的な西欧発の拡散ではなく、対応と革新という味覚の歴史を通じてみる時、現在進んでいる味覚の世界化に対する展望を、必ずしも暗く見ることはない」とハン教授は話した。

カン・ヒチョル記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

最終更新:7月30日(土)9時53分

ハンギョレ新聞