ここから本文です

木佐貫は誠実な巨人スカウトになれる

東スポWeb 7月31日(日)17時6分配信

【越智正典「ネット裏」】昔、毎日オリオンズのスカウトが大型左腕小野正一を獲ろうと、福島県いわきの実家を訪ねると「毎日? 毎日新聞ならもう取っているよ」。父親はプロ野球のスカウトを知らなかった。いまではスカウトが大切なのをだれでも知っている。

 ことしから巨人のスカウトになった木佐貫洋の亜細亜大最終学年の成績は凄い。戦国東都で、春は最高殊勲選手、最優秀投手、ベストナイン、第51回全日本大学選手権では決勝で六大学代表の早大とぶつかり、和田毅(ソフトバンク)と投げ合って2対1。秋も最高殊勲選手、最優秀投手、ベストナイン、亜大に春秋連覇と大学日本一をもたらした。

 1999年、鹿児島県川内高から入学。無名だった彼に高松商業出身、学生生活課福光徹(現業務管理室)が感心した。野球についてではない。実に熱心に授業を受けている。野球部合宿最寄りの、JR武蔵引田から授業の中央線武蔵境へ2度乗り換えて来る。心打たれた福光は木佐貫の実家に、亜大野球部史を贈呈した。すぐに父親博文から礼状が…。きちんとした家族で育ったんだと思った。のちのことになるが、母祐子は洋が横浜高出身の小山良男(中日捕手コーチ)とバッテリーを組むようになると、お世話になりますと、庭で作った野菜を小山の家に折々に送っている。

 監督内田俊雄(現拓大監督)は、木佐貫を全体練習からはずしていた。脚を痛めていたこの1年生に、フェンスに沿ってしっかり土を踏んで歩きなさいと指導していた。内田は高校野球の監督になった卒業生が挨拶に来て、「子どもたちがよくやっています」と報告すると、「ちがうだろう。生徒だろ、選手だろ」と、たしなめている…。木佐貫は授業から戻ってくると、ひとり一歩一歩あるいていた。1年が過ぎ、脚がよくなった2年生の8月、長野県中部の高校20校の合同練習の手伝いに諏訪湖スタジアムに。高校生への水分補給係。全力疾走でボトルをとどけていた。湖畔の花梨がはや秋を告げていた。

 3年から登板。前記、春秋連覇前の秋のはじめ、内田の紹介で名古屋に整体に行くときに岐阜中京の合宿所に泊めて貰った。着くと、寮生の起床時間を訊き、翌朝、定刻に起床。朝礼と体操を共にした。

 同校コーチ石塚弘(前福島県尚志高監督)は、この姿に涙した。「高校生のお手本になる…」。木佐貫の歩みを振り返って来たのは、これから経験を積み、勉強し、きっと誠実なスカウトになる…と思えるからである。

 巨人にはかつて、からみ酒スカウトなど、問題スカウトが何人かいたことがあった。セはいよいよ、広島の独走である。木佐貫は間もなく、第98回全国大会へ。初めて高校野球の甲子園球場に行く…。広い空が待っている。=敬称略=(スポーツジャーナリスト)

最終更新:7月31日(日)17時6分

東スポWeb

スポーツナビ 野球情報

MLB 日本人選手出場試合9月30日(金)