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<甲斐よしひろ>33年前の“伝説”振り返る 前例なしで仮設トイレ集めに奔走も

まんたんウェブ 7月31日(日)22時24分配信

 2014年にデビュー40周年を迎えたロックバンド「甲斐バンド」が、今から33年前の1983年8月7日、その後東京都庁が建った「都有5号地」で行った野外ライブ「THE BIG GIG」。新宿の高層ビル群に囲まれた広大な“空き地”に約3万人が集まったという、伝説の一夜として音楽ファンの間で語り継がれてきた。バンドは今年の8月7日に東京の日比谷野外大音楽堂(野音)で「THE BIG GIG AGAIN」と銘打ったスペシャルライブを開催するが、その前にバンドのリーダーの甲斐よしひろさんに当時のことを振り返ってもらった。

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 ◇当時バンドは都市型へと移行していた

 1983年の甲斐バンドといえば、シングル「HERO(ヒーローになる時、それは今)」の大ヒットを経て、ローリング・ストーンズなどを手がけた名エンジニア、ボブ・クリアマウンテンを迎えて米ニューヨークにて制作された“ニューヨーク3部作”の2作目となるアルバム「GOLD」をリリースした頃。甲斐さんは「バンドもどんどんと都市型に移行しているっていうメッセージを発信したいっていうのもあった」とライブ会場に新宿を選んだ理由を明かす。

 「都有5号地」という場所については「数年前から何となく目はつけていた」といい、「あそこ当時、目立っていたんですよ。何この広大な土地。誰かが“転がしてる”のかって(笑い)。で、聞いたら東京都のものだって。車で通ると異様に目立っていたけど、何も起こらない。それなら何か起こしてやろうって」と笑う。

 規模の大きな野外ライブといえば野球場を借りるか、都会を離れた山のふもとや湖畔などのリゾート施設を利用するかの時代。都会のど真ん中の、しかも普段は何もない場所をライブ会場にするのは、3万人という集客を含めて異例中の異例だったはず。甲斐さんは「当時、仮設トイレをライブで使う発想もなかったから、取り扱っている会社をまず調べて。それで会社は分かったんだけど、日本に台数がそんなになかったから、とにかくそれ全部持ってきて!って感じで」と明かすと、「何万人に対して飲み物は最低この本数が必要とか、翌日のごみの量はこのくらいになるとか、データもなかったから当時、全部記録して今も残っている」と懐かしんでいた。

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最終更新:7月31日(日)23時37分

まんたんウェブ

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。