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剛性のないミニバンは衝突したら危ないのか?

ITmedia ビジネスオンライン 8月1日(月)8時14分配信

 7月19日の連載記事で、5ナンバーのミニバンがいかに無理難題を突きつけられながら作られているかという話を書いた。例えば、両サイドにドア2枚ずつ、テールゲートを備え、なおかつその開口部を最大限に広げることが求められる、それが市場のニーズだ。

【スバル360】

 床板を厚くして立体的にするか、せめてボディ両サイドの開口部の敷居部分に、少しでもリブ状の突起を設ければだいぶ剛性が稼げるのだが、床板は低く薄く。しかも敷居に段差があれば乗り降りでつまづく原因になるのでそれもダメ。ならばセンタートンネルを許容してくれれば、かつてのロータス並みのバックボーン構造で剛性を確保できるのだけれど、センタートンネルがあるとウォークスルーができない。

 今の日本でウォークスルーができないミニバンは恐らく見向きもされない。とにもかくにも四角くて広くて平らで、あっちもこっちも全部パカパカと開くクルマをマーケットは求めているのだ。実際「Bピラーも止めて前後ドアの開口部をひとつながりに……」という商品企画もあったりする。無茶もたいがいにした方が良い。

 要するに、5ナンバーミニバンの場合、ボディ剛性に寄与するあらゆる部材が虐げられているので、良いクルマを作るのは難しいという点が原稿の骨子だったわけだ。そして意外な質問を受けたのである。「そんなに剛性がないと、ぶつかったとき危なくないんですか?」。

 ああ、そうだった。そこをちゃんと書いていなかった。エンジニアリング的には、剛性と強度は別のものだということも説明しないといけないと気付いたのである。そこで今回は、剛性と強度がどう違って、それがどういう意味を持っているのかについて説明したい。

●剛性と強度は違う

 ティッシュペーパーの箱を手に持ったところをイメージしてほしい。両端を持って左右にねじる。目で確認していれば紙の出る穴の周辺が多少はペコペコしたりするが、ねじっている手の感覚では変形は感じない。これが剛性である。

 ボール紙程度の素材でも、完全に閉じた5つの面と、面中央に面積の4分の1程度の穴が開いた1つの面で構成されているから相当な剛性がある。もちろん本気で力を入れれば箱はつぶれるが、恐らく多くの人はこの構造体を頑丈だと感じるだろう。余談だが、この穴が角や辺に接していたら、剛性はガタ落ちする。

 力を加えている間、穴の回りはやはり変形が集中する。言うまでもないが、この穴はドアやテールゲートと同じである。この穴をどんどん大きくして、ミニバン並みに穴だらけにしたらどれだけ剛性が落ちるかは容易に想像できるだろう。これで剛性の意味は掴めたと思う。素材の強度だけの問題ではなく、それを立体的に構築した際の変形し難さのことだ。

 さて、では強度というのは何だろうか? もう一度ティッシュ箱を使ってイメージしてみよう。今度は箱を持たない。置いたまま真ん中を軽くチョップしてみてほしい。あっけなく箱はつぶれるはずだ。丈夫に感じるか感じないかは感覚の問題だけど、剛性のときに感じたティッシュ箱の頼もしさが微塵(みじん)も感じられないくらい簡単につぶれてしまう。これが強度である。

 別の角度からも剛性と強度を考えてみよう。構造体の素材に力を加えていくと必ず歪みが起きる。しかしその歪みは力を取り除くと元に戻る。こういう元に戻る変形を弾性変形という。

 しかし、多くの物体は、一定以上の力が加わると弾性変形の範囲を超えて塑性変形する。わり箸を割るとき、パキッと音がする直前までが弾性変形。音がしたときが塑性変形。ボールペンを分解するとペン軸にばねが付いている。あのばねを外して、引っ張るとばねだから当然伸びる。しかし、あるところまでは元に戻るが、限界を超えると伸びてしまって元に戻らなくなる。これも前者が弾性変形、後者が塑性変形だ。ティッシュの箱で言えばつぶれるくらい力を入れたケースに相当する。弾性域を超えると素材が座屈して変形し、元に戻らなくなってしまうのだ。

 さてこの剛性と強度、ものすごく単純化すると、剛性はクルマのほぼあらゆる性能に効き、強度は衝突安全性のみに効く。ことが安全なので強度をないがしろにしていいわけではないが、クルマの走る、曲がる、止まるに加え、乗り心地も振動も騒音も全部が剛性に密接に結び付いていると考えると、剛性がいかに重要かは想像がつくと思う。

 剛性を考える上で大事なのはこの弾性変形だ。クルマはできるだけ軽く作りたいので、薄い鉄板を構造的に上手に組み上げて、できるだけ歪みを少なくしたいのだ。剛性は形に依存する。例えば昔のスバル360のボディは、卵のように丸いシェイプを持っているが、あの形そのものが力学的に丈夫だから丸くしたのだ。四角いボディで、あれと同じ剛性を出そうとすれば、鉄板の厚みを増やさざるを得ず、到底385キログラムという超軽量な車両重量にはならなかったはずである。

 ちなみにクルマの剛性を機械にかけて計るときには、ティッシュ箱と同じように前後をねじってたり、曲げたりして強度を見る。ざっくりと言えば、何キロの力をかけたとき、何ミリ、もしくは何度変形したかで表す。専門家はSI単位を用いるので何キロとは言わないが、概念としてはそういう理解で良い。「旧型比でねじり剛性が30%向上」というような話はこの数値を比較して言っている。

 ところがである。このように静かに力を加えていって変形量を見る方法はクルマを作る上であまり現実的ではない。エンジニアによっては参考にすらならないという人もいる。こうした静的変形ではなく、現実は動的な変形が起きるからだ。

 一カ所が歪んだら、それに引っ張られてほかも歪む。部材の接合部分同士が干渉してそれがあちこちに及ぶ。なおかつ瞬間的な入力による歪みは、波としてボディに伝わり、時に反射して返ってくる。しかもそういう波は周波数を持っているので、重量との兼ね合いで変形が変わる。こういう面倒なことがある程度定量化できるようになったのは、コンピューターを使った解析ができたおかげだが、それでもまだ完璧ではない。

 実際に設計をしているエンジニアに結論を聞くと、少々あっけないのだが、本当に重要なのは剛性そのものではなく、人が頼りなく感じないための「剛性感」だったりする。ところが、人間とは不思議なもので、床の絨毯(じゅうたん)の素材を変えて、床板の微振動を消したりすると、てき面に剛性を感じたりすることがある。「剛性」ではなく「剛性感」と言うゆえんである。とは言え、「剛性」が全然ないものに「剛性感」だけを感じることも現実的ではないので、基礎的な剛性は大事なのだ。

 さて、では強度の話はどうだろう。強度は既に書いた通り、衝突安全に寄与するものだ。クルマにはクラッシャブルゾーンと呼ばれる「つぶれて衝撃を吸収する」場所と「絶対につぶさないキャビン部分」でそれぞれ違う強度が求められる。意図的に弱く作った前後スペースをクッションにして、ガチガチに硬いキャビンを守るのが衝突安全設計だ。だから何でもかんでも強度を上げれば安全になるわけではない。

 必要なのは、場所ごとの強度のコントロールだ。さらに変形の許容性も求められる。事故の瞬間、部材にどういう角度で力が入るかは状況による。例えば、丸い鋼管は力学的理想だ。先のスバル360と同じで、球体や円は構造的に最も軽量で丈夫になる。衝撃を吸収しながらつぶれる部分をできるだけ薄い素材で軽量に作りたければ、理論的には丸パイプが最大効率になるはずだ。しかし丸パイプは正面から力を受けたときにはその理想通りに機能するが、力に少し曲げが入ると、最初に座屈した部分に力が集中して一気に強度が落ちる。つまり力を受ける方向の指向性が高いのだ。だから衝突時につぶす部分は峰の多い多角形の部材が適していたりする。

 また、衝突のエネルギーはメインの構造材一本で受けたりしないようになっている。近年ではクルマ全体のありとあらゆる部材を総動員して衝撃吸収を分担している。力の受け方と伝達の仕方にメーカー各社は必死で取り組んでいる。

 さて、ここまで読んだ皆さんは「剛性のないミニバンは衝突したら危ないか?」という問いに答えることができるだろう。剛性と衝突安全の間に緊密な関係はない。衝突安全をチェックしたければ、自動車事故対策機構の衝突安全実験、JNCAPなり、米国運輸省道路交通安全局NCAPなりのテスト結果を見ればいい。もちろん逆もまた真である。衝突安全のテスト結果を元に剛性の話はできないのだ。

(池田直渡)

最終更新:8月1日(月)8時14分

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