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コンピュータを使わないアンプラグドな体験と容易にできるプログラミング環境があれば、小学生も教師も楽しく学べる

@IT 8月1日(月)17時39分配信

 2016年4月19日、政府の成長戦略の中で小学校の「プログラミング教育」を必修化し2020年度に開始することが発表された。これに対して意見が相次いだが、中でも気になったのは否定的な意見が目立つことだろう。

コンピュータを使わずにコンピュータ科学を学べる「コンピュータサイエンスアンプラグド(Computer Science Unplugged」とは

 例えば、インターネットを検索してみると「プログラミングじゃなくて数学でいいのでは」「コンピュータの仕組みやITで何ができるのかを学ぶのでいいのでは」「将来プログラマーになって未来はあるのか、給料は」「どう教えるのか、教員をどう確保するのか」「プログラミング以前に教えることがあるのでは」といった意見を目にすることができる。

 これは、なぜなのだろうか。「プログラミング」とは何なのかの理解が一般的に進んでいないことが原因の1つとして考えられる。

 また文部科学省は政府の成長戦略を受けて、2016年6月16日「小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について(議論の取りまとめ)」を公開。これにより、いわゆる「コーディング」を身に付けることを主目的とするのではなく、国語・算数・理科・社会・図画工作・音楽などの教科で「プログラミング的思考」を生かした授業を行うことが、2020年度からの新学習指導要領に盛り込まれるとされ、「プログラミング的思考」の定義について議論が起こった。

 そもそも「プログラミング」とは何か、小学生に「プログラミング教育」を必修化する意味はあるのか、「プログラミング的思考」とは何なのか、小学生の教育にどう生かせるのか、親はどのように準備しておけばいいのか、教員は各教科にどのように取り入れればいいのか――本特集『小学生の「プログラミング教育」その前に』では、有識者へのインタビューなどを通じて、これらの疑問を解きほぐしていく。

 初回は、文部科学省の「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」における委員を務める、大阪電気通信大学 工学部 電子機械工学科 教授の兼宗進氏に話を聞いた。

●コンピュータには“動いている世界”と“止まっている世界”がある

 兼宗氏は、コンピュータを使わずにコンピュータ科学を学べる「コンピュータサイエンスアンプラグド(Computer Science Unplugged、以下CSアンプラグド)」の国内第1人者だ。CSアンプラグドは、小学生から理解できる教材としてニュージーランドで開発された教育法。「アンプラグド」の言葉通り、コンピュータでプログラミングをするのではなく、カードなどを用いたゲームやグループ活動を通して、コンピュータの基本的な仕組みを楽しく学ぶことができるのが大きな特徴だ。兼宗氏は、教材の翻訳や新教材の開発に取り組んでおり、その成果をWebサイトで公開している。

 一方、コンピュータを使った“プラグド”なプログラミング教育にも熱心に取り組んできたことで知られている。学生時代にはLOGO言語をベースとした教材「ロゴ坊」を開発。現在は、日本語ベースの教育用プログラミング言語「ドリトル」を開発し、教育現場のプログラミング教育を支援する。自らも大学生向けに授業を行うだけではなく、中学高校の教師向けに情報科学やプログラミングに関する研修を実施したり、夏休みなどを利用して小中学生向けに直接CSアンプラグドを教えたりしている。

 兼宗氏は、次のように、コンピュータを使ったプログラミング教育とコンピュータを使わないCSアンプラグドのいずれもが必要だと指摘する。

 「コンピュータを理解するためには、“動いている世界”と“止まっている世界”の両方の理解が必要です。コンピュータは、外から見ると止まっているように見えますが、内部は常に変化していて、メモリや処理の状態は刻々と移り変わっています。そのような“動いている世界”は、言葉で説明しても伝えることが難しいものですが、プログラムを書いて動かしてみれば誰でも体験的に理解できます。

 一方、“止まっている世界”というのは、10進数は2進数でどう表現できるのか、画像はどう数字で表現できるのか、といったコンピュータに関わる性質です。これらは必ずしも動いている必要はなく、本質を頭で考えながら理解することが重要です。“動くもの”と“動かないもの”を、それぞれにふさわしい方法で学んでいけばいいのです」

●小学生の「プログラミング教育」への懸念

 小学生に「プログラミング教育」を必修化する意味はあるのか。先に紹介した有識者会議の委員を務めた兼宗氏だが、これについては慎重な立場だ。

 「子どもは、仕組みを理解することが大好きです。機械があったらフタを開けるなどして中身を見たくなるでしょう。しかし、コンピュータやスマートフォンはなかなか壊すことはできませんし、部品を見ても仕組みが分かるわけではありません。しかし、プログラミングを体験することで、コンピュータという機械がどのように動いているのかということを知ることができます。その意味でプログラミング教育は有意義です。

 小学校では、いろいろなことに触れてみることが重要です。いろいろな世界を知って、その楽しさを知る。その意味では、プログラミング自体が目的になってしまうとコンピュータに触れるのが楽しくなくなる子も出てくることを心配しています」

 もちろん、教育現場側の体制整備にも課題がある。兼宗氏によると、2003年から普通高校でのプログラミング教育の必履修化が進められたが、当初は現場にコンピュータを教える教師がおらず、混乱があったという。

 「高校のコンピュータ教育は、それまで工業高校や商業高校などで実施されており、普通高校には先生がいませんでした。大学にも情報の教員免許での教員の養成課程はありませんでした。そのため、数学などの先生が指名されて2~3週間の研修を受け、『来年から情報を教えてください』といわれるような事態が全国で起きました。

 先生方も、突然『情報』を教えることになって困ったと思います。その結果、Wordに文字を打ち込ませたり、Excelで計算させたりといった使い方の教育が全国で行われました。生徒も黙って先生の話を聞いているだけよりは、自分で手を動かした方が満足すると思います。しかし、そのときに頭は使いません。操作は覚えても、じっくり物事を考えることはできなくなったのです」

 小学校のプログラミング教育の必修化への否定的な意見の背景には、単に操作するだけのコンピュータ教育に楽しみを見いだせなくなり、コンピュータそのものへの関心も失ってしまうのではないかという懸念があるわけだ。

●コンピュータの仕組みはコンピュータを使わずに“体感”できる

 では、子どもがコンピュータの仕組みを楽しく学ぶためにはどうすればいいのか。兼宗氏がたどり着いた答えの1つがCSアンプラグドだ。CSアンプラグドではコンピュータを使わないため、コンピュータの使い方教育になることは原理的にない。むしろ、最初からコンピュータを意識させずに、コンピュータがどのような仕組みで動いているかなどを、実践を通して学んでいく教材だ。

 簡単に例を挙げてみよう。「点を数える」という教材では、1、2、4、8、16の点が表に書かれた5種類のカードを用意し、それを子どもに持たせ点の数を合計して数字を作り出すゲームを実施する。例えば、6の場合、4のカードと2をカードを持った子どもがカードをひっくり返して提示する。提示されたカードの数の組み合わせで、最大で32通りの数を作り出すことができる。そして、最終的にカードは表と裏(0、1)の2つの組わせだけで0から31までの数を表現できることを気付かせる。

 「最初からコンピュータという言葉は使いません。0と1がコンピュータの2進数を表していることは最後のオチとして触れるだけです。自分で体験してみると、0と1だけで大きな数を表せることが実感できます。高校の数学で2進数を学んだとき、よく分からず嫌いになったり、すぐに忘れてしったりする子がいますよね。でも、子どものときに自分の体験として0と1でも大きな数が表せることを知っていれば、そのことはずっと体感として覚えているものなのです」

 体感として覚えていると、大人になっても応用が効く。5枚のカードを指で考えると、片手だけで32(2の5乗)通り、両手なら1024(2の10乗)通りまで数えられることになる。足まで使うと104万8576通りまで可能だ(2の20乗)。

 「この方法は大学生にも有効で『片手で31まで数えられるんだ!』と驚きを持って納得してくれます。CSアンプラグドの本質は、単に『コンピュータを使わない』だけではなく、『生徒に自分で発見させる』ということです。先生は答えを教えずに、子ども自身に気付かせる。楽しみながら学び、ずっと記憶に残るという点で、CSアンプラグドのインパクトは大きいと思いますよ」

 なお教材には、この他、FAXと画像の関係を学ぶ「色を数で表す」や並べ替え(ソートアルゴリズムの発見)を学ぶ「いちばん軽いといちばん重い」などがある。

 これらの教材に対しては親からの評価も高い。兼宗氏は、情報オリンピック日本委員会のジュニア部会の委員も務めており、毎年夏に富士通と共同で、小学生向けのイベントを実施している。そのイベントで、子どもはCSアンプラグドを体験し、楽しみながらコンピュータの仕組みを学んでいる。

 「コンピュータを知るには、プログラミングとコンピュータ科学の両方を教える必要があります。プログラミングはコンピュータやタブレットで経験できるからいいですが、コンピュータ科学の難しい話を一生懸命黒板に書いても伝わりません。年齢が下がれば下がるほど経験から学びます。CSアンプラグドのような取り組みは、これから教育現場でも必要になってくるでしょう」

●「プログラミング的思考」と「コンピュテーショナルシンキング」

 「小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について(議論の取りまとめ)」では、「プログラミング教育」「プログラミング的思考」について下記のように位置付けている。

プログラミング教育とは、子供たちに、コンピュータに意図した処理を行うよう指示することができるということを体験させながら、発達の段階に即して、次のような資質・能力を育成するものであると考えられる。

【知識・技能】(小)身近な生活でコンピュータが活用されていることや、問題の解決には必要な手順があることに気付くこと。(中)社会におけるコンピュータの役割や影響を理解するとともに、簡単なプログラムを作成できるようにすること。(高)コンピュータの働きを科学的に理解するとともに、実際の問題解決にコンピュータを活用できるようにすること。【思考力・判断力・表現力等】・発達の段階に即して、「プログラミング的思考」(自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組合せが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組合せをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力)[5]を育成すること。【学びに向かう力・人間性等】・発達の段階に即して、コンピュータの働きを、よりよい人生や社会づくりに生かそうとする態度を涵養(かんよう)すること。

[5]いわゆる「コンピュテーショナル・シンキング」の考え方を踏まえつつ、プログラミングと論理的思考との関係を整理しながら提言された定義である。

 「プログラミング的思考」について定義があいまいで整理されていないことで「コンピュテーショナルシンキング(*)でいいのでは」という議論を呼んでいる。この点について、兼宗氏も「いろいろな人から質問されることが多かったが1週間くらいで沈静化した」と話す。

*「コンピュテーショナルシンキング」

Microsoft ResearchのVice PresidentであるJeannette M. Wing氏が2006年に発表したエッセイ。公立はこだて未来大学の中島秀之氏が「計算論的思考」として翻訳したPDFで、その考え方を日本語で読むことができる。

 「プログラミング的思考の方は、ソースコードを書くというイメージが強いです。一方で、コンピュテーショナルシンキングは、CSアンプラグドやプログラミングも含めて、コンピュータ科学の考え方で、社会で起こる事象や物事を整理して考えていくことと理解しています。

 ただ、その辺りの言葉の定義はあまり心配しなくてもいいかなと思っています。そのうちに、きちんと定義してくれるのではないでしょうか。教育の方針については議論が一段落しましたので、われわれ技術者、科学者としては、自分たちにしかできない良いツールを作ったり、アンプラグドのような良い教材を考えたりということに特化した方がいい。そうした役割分担の中でコンピュータ教育を進めていくことを期待しています」

 「プログラミング的思考」の定義があいまいで議論を呼んでいる文部科学省の発表だが、「アンプラグド」の観点を取り入れていることには一定の評価を得ている。「小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について(議論の取りまとめ)」では、以下のように、CSアンプラグドを取り入れる方針を示している。

「プログラミング教育を実施することとなった教科等においては、上記の指導事例集等を参考に、各教科等の指導内容を学びながら、コンピュータに意図した処理を行うよう指示することができるということを体験[10]することを、各教科等の特質に応じた見方・考え方を働かせた「主体的・対話的で深い学び」の中で実現し、各教科等における教育の強みとプログラミング教育のよさが相乗効果を生むような指導内容を具体化していくことが望まれる」

[10]こうした体験については、コンピュータを活用して行うことが原則になると考えられるが、「アンプラグドコンピュータサイエンス」の考え方のもと、コンピュータを使わずに紙と鉛筆で行う教育も提案されているところであり、小学校段階における具体的な教材や指導方法、その効果等について検討が求められる。

 兼宗氏は今後10年の情報教育をどうするかについて、中央教育審議会で話し合ったときにも、CSアンプラグドのような取り組みが必要という見解を述べていた。それらが小学生向けにも採用されたようだ。

●現場の先生とエンジニアやコンピュータの研究者が時間をかけてコミュニケーションをとることで教材作りもうまくいく

 プログラミング教育を実際にどう取り入れていくかは、現場に任させている。高校では「情報」の教師、中学校では「技術・家庭」の教師がいるのに対し、1人の担任がほぼ全ての授業を実施する小学校では、誰がその役割を担うかがはっきりしない。文部科学省の方針としても、プログラミングを体験する時間は「総合的な学習の時間」に含め、国語、算数、理科、社会、音楽、図画工作、体育などの各教科の学習に「プログラミング的思考」を生かす時間を含めることを打ち出している。

 兼宗氏は、高校をはじめ、小中学校など向けにも研修などを実施してきたが、CSアンプラグドのような取り組みはまだごく一部にとどまっている。小学校の教師も、自分がプログラミングを教えるという実感はまだないのが現状だろう。CSアンプラグドを各教科の学習に生かすことはできないのだろうか。例えば、先の「いちばん軽いといちばん重い」では「量と測定」(小学校3年生で重さを扱う)、「それ、さっきも言った!」では「国語」(言葉や文章のパターンを認識する)など、各教科との関連を示している。

 これについて兼宗氏は、「そうですね。生かせます」としつつ、今後求められる教材の作成について、次のように補足する「現場の先生だけで教材を考えていくのは簡単ではないと思っています。私がこれまで取り組んだ中で感じたのは、現場の先生とエンジニアやコンピュータの研究者が時間をかけてコミュニケーションをとっている場合はうまくいくということです。ただし、ものすごく労力が掛かります。それを全国各地でバラバラにやるのは非効率ですし、うまくいくとも限りません。そこで、うまくいった事例を作り、少しずつ広めていく。そういった取り組みを地道に続けていくのが近道だと考えています」。

 教材作りに関しては、兼宗氏も自身の授業の経験を踏まえて、常に新しいものを開発している。事前にインストールすることなく授業で利用できるプログラミング環境「Bit Arrow(ビットアロー)」を共同研究者と協力して開発したばかりだ。Bit ArrowはHTMLとJavaScriptを使ってWeb開発用のコーディングと、その結果を実行できるSaaSだ。さらに、ドリトルとC言語にも対応している。普通のコンパイラはプログラムを機械語に変換するが、Bit ArrowはJavaScriptに変換する。ブラウザ上でJavaScriptとして動くのでJavaScriptのブログラムと同じ速度で動く。

 実行した瞬間にサーバにブログラムが提出されるようになっており、生徒はいちいち課題をメールなどで提出する必要がない。「工夫した点としては、現在の小中高のネットワーク環境は貧弱でインターネットの通信が途切れたり、遅くなったりする問題があるので、生徒が作成したプログラムを、Web Storageでローカルのブラウザに保存しておいて、ネットワークがつながったときにサーバと同期するようにしています。ドリトル対応やドキュメントの整備などを行い、2016年8月以降に正式リリース予定なので、ぜひ先生には使ってほしいですね」。

 必修化に伴い、カリキュラムはどう変わるのか。それに対し、教育の現場の最前線に立つ教師はどう対応していけばいいのか。兼宗氏は最後にこうアドバイスしてくれた。

 「CSアンプラグドもドリトルもそうですが、うまくいっている授業や教材の事例はたくさんあります。いろいろな学校での成功事例をそのまま使っていただければ間違いなく良い授業ができるようになっています。ですから、コンピュータ科学の教育にしても、プログラミングの教育にしても、問題なく楽しい授業ができるようになると安心してほしいと思います。例えば、ドリトルには1時間で学べるプログラミング体験の教材があります。それに沿って進めればプログラミングの知識がない先生方でも楽しい授業ができますので、ぜひ取り組んでみてください」

●特集:小学生の「プログラミング教育」その前に

政府の成長戦略の中で小学校の「プログラミング教育」を必修化し2020年度に開始することが発表され、さまざまな議論を生んでいる。そもそも「プログラミング」とは何か、小学生に「プログラミング教育」を必修化する意味はあるのか、「プログラミング的思考」とは何なのか、親はどのように準備しておけばいいのか、小学生の教員は各教科にどのように取り入れればいいのか――本特集では、有識者へのインタビューなどで、これらの疑問を解きほぐしていく。

最終更新:8月1日(月)17時39分

@IT

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

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