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<特別連載>ミャンマーのロヒンギャ問題とは何か? (8) ムスリム迫害=ロヒンギャ迫害ではない 宇田有三

アジアプレス・ネットワーク 8月1日(月)12時44分配信

Q. ミャンマーでムスリムが差別を受けている、迫害されている、といった場合、ロヒンギャ・ムスリムが差別されていると同義語ではないのですね。
A. 同じではありません。先ほど説明しましたように、ミャンマーおけるムスリムで一番人口の多いのは、インド/パキスタン系ムスリム、次にロヒンギャ・ムスリムだからです。

【関連写真を見る】 <変化するミャンマー> 選挙権剥奪されたロヒンギャの人々(写真9枚)

Q. それぞれのムスリムたちは、「ムスリム(人)」としてのアイデンティティと、「少数民族」としてのアイデンティティのどちらが強いのでしょうか?
A. 中国系のパンディー・ムスリムに話を聞いてみると、「今はミャンマー国内に住む、ミャンマー国籍の、中国系ムスリム(人)である」と答えてくれました。話をしてくれたのは、ミャンマー第2の都市マンダレーで、パンディー・ムスリムをとりまとめている人物でした。彼らのアイデンティティは、ムスリムという意識が強かったです。

ミャンマーのように軍政時代に長らく国を閉ざされていた地域で、それぞれのムスリムの状況を理解するためには、イスラームに対する理解だけでなく、ミャンマーに対する理解は必須です。

ミャンマーの取材は、数十年にわたって武装抵抗闘争を続けていた少数民族のカレン民族から始めました。今考えるとそれが良かったと思っています。少数派民族側から多数派のミャンマー社会を見ることができたからです。それに、後年、武装闘争をしていたカレン民族(人)たちが政治的な要因を背景に、仏教徒とキリスト教徒に分裂した現実を目の当たりにすることもありました。

Q. どのくらいミャンマーと関わっているのですか?
A. 軍政期の1993年5月年~2011年3月末(民政移管)~2015年11月の総選挙までの23年間です。もちろん、自分の見聞きしてきた経験がより正しいということを強調したいとは思いません。時間をかけたからといって、必ずしも現地を深く理解し、正確に日本に伝えているとは限りません。もし明日、初めてミャンマーに入る人がいたなら、その人はその人なりに新鮮な視点でミャンマーの姿を見ることができるでしょう。(つづく)


宇田有三(うだ・ゆうぞう) フリーランス・フォトジャーナリスト
1963年神戸市生まれ。1992年中米の紛争地エルサルバドルの取材を皮切りに取材活動を開始。東南アジアや中米諸国を中心に、軍事政権下の人びとの暮らし・先住民族・ 世界の貧困などの取材を続ける。http://www.uzo.net
著書・写真集に 『観光コースでないミャンマー(ビルマ)』
『Peoples in the Winds of Change ビルマ 変化に生きる人びと』など。

最終更新:8月11日(木)23時40分

アジアプレス・ネットワーク

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。