ここから本文です

多大な貢献語ろう 「明治の鉄道王」雨宮敬次郎

カナロコ by 神奈川新聞 8月1日(月)17時33分配信

 「明治の鉄道王」と称される雨宮敬次郎(1846~1911)を語り継ぐNPO法人が発足した。子孫が、没後100年の命日に墓参りした偶然がきっかけとなった。「横浜、神奈川の発展に多大な貢献をした彼の業績を多くの人に知ってもらいたい」と話す。 

 発起人は敬次郎の孫娘、惣子さんを義母に持つ柳下敦子さん(横浜市南区)。

 敬次郎は山梨県で生まれ、1870年ごろ横浜に移り住んだ。故郷で育てた繭玉を海外に輸出し、財をなした。外国で見聞を広めた後、公共事業に進出。五代友厚ら政府関係者とも交流を広げ、79年に製粉会社を設立。現在の長野県軽井沢町の基礎となる開拓事業にも取り組んだ。

 小田原-熱海間の軽便鉄道、京浜電気鉄道(現京浜急行電鉄)、江ノ島電気鉄道などの実現に尽力。火災からの再建に苦しんでいた大本山總持寺の石川県から横浜市鶴見区への移転にも物心両面で援助した。

 敦子さんは2011年1月20日、長男(40)とともに墓参りをした。墓前で落ち合った敬次郎の親戚に、「今日は没後100年の命日なのよ」と伝えられた。節目での偶然に、「敬次郎は100年後の世の中を見たいのではないか」と感じ、長男と足跡をたどる中、山梨県の生家を見つけた。彼の名が付いた橋や街道なども残り、地元での交流も広がった。

 「神奈川県内をはじめ、各地で貢献した業績をもっと知ってもらいたい」と考え、12年10月には横浜市磯子区の旧柳下邸で京急が発行した敬次郎用の特別乗車券など、ゆかりの品約60点を展示。13年11月には總持寺でも展示会を開いた。

 今年5月、NPO法人「雨宮敬次郎記念会」を発足。現在、会員は11人。研究者を招いて業績を伝える講演会や、足跡が残る場所を訪ねる旅行などを企画する。

 敦子さんは「彼の業績や足跡を掘り起こすことで、新たな交流が生まれ、横浜の発展のヒントが見つかるかもしれない」と話し、会員も募っている。問い合わせは、柳下さん電話045(224)6611。

最終更新:8月1日(月)17時33分

カナロコ by 神奈川新聞