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半年前は“崖っぷちの育成捕手” 阪神・原口が駆け上がったスターダム

ベースボールキング 8月1日(月)18時0分配信

7年目の苦労人が救世主

 眠れる虎が息を吹き返した。

 オールスター明けに5連敗を喫し、一時は最下位に沈んだ阪神。本拠地・甲子園で負けが込み、スタンドからは「やけくそ蛍の光」が聞こえてくるなど、そのムードは最悪だった。

 ところが、7月24日の広島戦で連敗を止めると、苦戦が続いた甲子園での6連戦で5勝1敗と大きく勝ち越し。再び4位に浮上するなど、勢いを取り戻す。

 その立役者となっているのが、7年目の捕手・原口文仁。後半戦が始まった直後はベンチに控えることが多かったものの、24日にスタメン復帰を果たすと、逆転打を含む3安打、1本塁打、3打点の大暴れ。連敗ストップに大きく貢献してみせた。

 オールスター後、原口がスタメンマスクを被った日は6勝負けなし。まさに“勝利の使者”となっているのだ。

半年前は“崖っぷちの育成捕手”

 2009年のドラフト6位で阪神に入団してきた原口。帝京高時代は強打の捕手として甲子園にも出場した。

 城島健司や藤井彰人といったベテラン捕手の後釜として期待されるも、2012年に発症した腰のケガが男を苦しめる。

 思うような結果が残せないまま、2012年のオフには自由契約。その後、育成選手として再契約を結ぶ。翌2013年から2015年にかけては、3年連続で自由契約→育成再契約を繰り返すという経験も味わった。

 そんな中、阪神は2015年のドラフトで坂本誠志郎を指名。侍ジャパン大学代表などで活躍した実績を持つ大卒捕手を獲得し、いよいよ原口は崖っぷちに追い込まれてしまう。

 しかし、ここで転機が訪れる。金本知憲新監督による、“超変革”である。

 キャンプで必死でしがみつき、首脳陣へアピールすると、2月の終わりには一軍昇格のチャンスが巡ってくる。その後のオープン戦にも帯同し、最終的には開幕を前に二軍に降格となるものの、後の支配下復帰へと繋げた。

ユニフォームないまま出場

 残念ながら開幕一軍、開幕支配下は逃したものの、4月27日に支配下登録へ復帰。実に4年ぶりとなる2ケタの背番号「94」をゲットする。

 すると、その日のうちに一軍に昇格し、代打から途中出場。2打席目にはプロ初安打を放った。
 
 なお、一日のうちに支配下から一軍昇格、そして試合出場というあまりにも急過ぎた昇格であったため、着用するユニフォームの方が間に合わず。当日の試合では山田コーチのユニフォームを借り、「82」をつけてプレーした。
 

 その後は、ブレイク街道をまっしぐら。5月4日の中日戦でプロ初本塁打を放つと、5月は月間打率.380をマーク。5本塁打、17打点で月間MVPに輝いた。

 育成を経験した野手による月間MVP受賞は初めてのことであり、阪神の捕手としては田淵幸一以来となる41年ぶりの快挙。支配下復帰から1カ月で一気のその名前を全国へと轟かせた。

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最終更新:8月1日(月)22時16分

ベースボールキング

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TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

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昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。