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なぜ鳥越俊太郎さんは文春・新潮を告訴するという選挙戦略をとったのか

ITmedia ビジネスオンライン 8月2日(火)10時55分配信

●スピン経済の歩き方:

 日本ではあまり馴染みがないが、海外では政治家や企業が自分に有利な情報操作を行うことを「スピンコントロール」と呼ぶ。企業戦略には実はこの「スピン」という視点が欠かすことができない。

【落選の連絡を受けた鳥越氏のコメントは……】

 「情報操作」というと日本ではネガティブなイメージが強いが、ビジネスにおいて自社の商品やサービスの優位性を顧客や社会に伝えるのは当然だ。裏を返せばヒットしている商品や成功している企業は「スピン」がうまく機能をしている、と言えるのかもしれない。

 そこで、本連載では私たちが普段何気なく接している経済情報、企業のプロモーション、PRにいったいどのような狙いがあり、緻密な戦略があるのかという「スピン」を紐解いていきたい。

 「私の強みは、聞く耳をもっていることだ」としきりにアピールしていたジャーナリストの鳥越俊太郎さんが、都知事選でボロ負けをしてしまった。

 行政の知識ゼロでも「3日勉強すればラクショー」という頭脳明晰さに加え、ボリューム満点のロマンスグレーに甘いマスク、さらに「安倍政権の暴走を止めます」「半径250キロ圏内の原発を止めます」という一部の方たちから熱狂的な支持を受けるであろう政策を掲げていた鳥越さんが、なぜ期待外れともいうべき得票数になってしまったのか。

 敗因については、既に「主張が支離滅裂」「野党色がですぎ」などの論評が多くなされているが、なかにはイメージ戦略の致命的なミスを指摘する声もでている。

 女性問題を報じた「文春」や「新潮」を東京地検に告訴したことが、「正義のジャーナリスト」という印象を吹き飛ばしてしまったというのだ。

 我々一般人の感覚では、「言論の自由」を掲げて、安倍政権は言論弾圧をやめろシュプレヒコールまでしていた著名ジャーナリストが、言論ではなく告訴という実力行使にでることになんとも言えないモヤモヤ感が漂う。橋下徹さんや多くの人々がツッコミを入れているように、「ジャーナリストなのだから説明責任を果たしなさいよ」という思いがまずでてくるからだ。

 ましてや、相手は甘利明元経済再生相をはじめ多くの著名人を葬ってきた「文春砲」と、5人不倫で乙武さんの政界進出を打ち砕いた「新潮砲」である。週刊誌ジャーナリズムのツートップを向こうに回して、訴状をふりかざしても、「さすが正義のジャーナリスト、官邸の操り人形になっている文春や新潮をたたきのめせ!」なんて声がでてくるわけもなく、世の大多数は「政治家とかには偉そうにいろいろ注目つけてたけど、自分には大甘なのね」とシラけてしまう。

 あのソフトな語り口で釈明をすればそこに理があるかどうかはさておき一定の「ファン」は残ったはずだ。にもかかわらず、なぜ鳥越さんは好感度を地に落とすような無理筋の戦法をとったのか。

 そんなもん政策と同じでなにも考えてねーんだよ、という声が聞こえてきそうだが、個人的には、熟慮を重ねたうえでひねり出した鳥越さんなりの「妙案」だったのではないかと思う。

●鳥越さんが「週刊誌告訴」に踏み切った理由

 かつて今の鳥越さんのように「傷つけられたという女性の告発を事実無根だと主張してやりすごした政治家」がいた。

 宇野宗佑首相である。

 覚えている方も多いかもしれないが、神楽坂の芸者さんが宇野首相と月30万で男女関係をもっていたとことを、週刊誌に告発したのだ。

 当初、この問題は新聞やテレビはこぞってスルーをした。政治家の番記者には、「カネ」を書いても、「下半身」は追及しないという不問律があったからだ。

 いい悪いは別にしてそれが「常識」だったため、宇野首相も国会で野党から女性問題に質問をされても、「こうした報道には、公の場でお答えすることは差し控えたい」とやりすごし、街頭での演説中にヤジが飛んでも無視を決め込み、周囲にも「事実無根だ」と説明をしていた。

 しかし、このネタは海外メディアが「日本の首相にセックススキャンダル」と大きく報じたことをきっかけに、女性人権団体などが問題視をして抗議、地方議会でも首相の説明を求める決議がなされるなど、逆輸入的炎上を果たし、宇野さんはついに首相退陣まで追い込まれてしまう。

 この芸者さんの告発を掲載したのが『サンデー毎日』。当時の編集長は鳥越さんだった。

 『夕刊フジ』などが指摘するように、今回の女性問題が「ブーメラン」になっているなどという言いたいわけではない。

 鳥越さんが「週刊誌の告訴」という戦略に踏み切ったのは、このときの宇野首相の対応ミスを教訓とした可能性がないのか、と申し上げたいのだ。

 自分が仕掛けた「告発」によってじわじわと追い詰められ、「説明責任を果たせ」の大合唱のなかでボコボコにされた宇野さんの姿は鳥越さんの脳裏にこびりついているはずだ。

●鳥越さんはジャーナリストらしいジャーナリスト

 ああいう惨めなサンドバック状態だけは避けたい。そういう恐怖にとらわれれば、宇野さんのように無視を決め込んだり、「事実無根だ」という主張を繰り返したりするだけでは心もとない。そこで念には念をということで、「告訴」という策をとったのではないか。

 そこにはジャーナリストだからできた「打算」もある。女性の夫である男性と3人で面談をしているということを鳥越さん自身もお認めになっているように、会見などで釈明をすればドツボにハマる恐れがある。

 そこで「告訴」というアクションに出れば、「弁護士先生に任せています」というコメントで乗り切ることができる。おまけに、弘中淳一郎さんのような週刊誌キラーの弁護士が立てば、冤罪事件などの支援をしていた人の理解・支持も得られる。そう考えると、51年間のジャーナリスト経験から導き出された老獪(ろうかい)な広報戦略といえるかもしれない。

 もちろん、選挙前の候補者としての立ち振る舞いとしてはまあ分からんでもないが、ジャーナリストとしてはどうなのさという意見もあるだろう。

 確かに、それまでタブーだった政治家と芸者の関係を白日のもとにさらした際、鳥越さんはこんな男前なことをおっしゃっている。

 『宇野さんの問題でいえば、現職の首相に愛人がいたという男女問題だけで報じるつもりはなかった。しかし、取材すると女性はコールガールのような扱いをされ傷ついていた。売春という犯罪行為と判断し報じたわけです』(2000年10月28日東京新聞)

 「文春」「新潮」によれば、女性は今も心に傷が残っているというが、鳥越さんは「あっちの妄想です」と言わんばかりにだんまりを決め込んでいる。「愛人関係」を「売春」と断定するほど、被害者によりそうジャーナリストにしては、あまりにも二枚舌じゃないのという方もいるかもしれない。

 ただ、かばうわけではないが、鳥越さんほどジャーナリストらしいジャーナリストはいないと思っている。

 国際経済学者の浜矩子さんが2008年、新聞業界の集まりである「新聞大会」に招かれ、基調講演を行った。そこで、国際経験豊富な浜さんらしい興味深い指摘をしている。

 『ジャーナリストとエコノミストには共通点がある。よきエコノミストが備える条件は、独善的で懐疑的で執念深いこと。ジャーナリストも同じ。謙虚で疑問を抱かず、あっさり敗北を認めるのは「いいジャーナリスト」ではないと考える』(2008年10月20日 新潟日報)

●己の「正義」について揺るぎない自信

 エコノミストはどうか知らないが、個人的にはこれほどジャーナリストの本質をついた言葉はない、と感心することしきりだった。「いいジャーナリスト」は決して自分の非をかえりみえない。負けも認めない。どっかの記者がTwitterでつぶやいたように「ジャーナリストは正義」だからだ。

 なんて傲慢な連中なのだ、と驚かれるかもしれないが、当時の『朝日新聞』の秋山耿太郎社長も浜さんの講演の後、「浜教授が言ったように、独善的で懐疑的で執念深いことが記者の特性でなければならない。それが編集面の生き残り策のすべてだ」(同上)と述べている。

 鳥越さんが「いいジャーナリスト」として51年も一線で活躍されているのは、「独善的で懐疑的で執念深い」という特性をもつことが大きいのだ。

 硬骨の人権派弁護士として知られている宇都宮健児さんは、野党統一候補の座を譲った鳥越さんの応援にまわることはなかった。その理由を文書にして公開したのだが、そのなかに鳥越さんのジャーナリストぶりがよく分かる記述があるので、引用させていただこう。

 『鳥越候補は、根拠を述べることなく「事実無根」として、刑事告訴まで行っています。しかし、私たちはこの記事そのものから見て、事実無根と考えることはできません。むしろ、女性とその関係者の証言まで否定することは、被害女性に対するさらなる人権侵害となる可能性があります』

 こういう理路整然とした指摘にもまったく聞く耳をもたないということは、己の「正義」について揺るぎない自信をもっておられるということだ。

 「文春」の記事がでたとき、まっさきに「なにか政治的な力が働いている」と疑心暗鬼になっていたことも記憶に新しいが、敗北が確定した後もまだ「事実無根の週刊誌による選挙妨害報道があった」と恨み節たっぷりで述べていた。さらに、小池さんがよほど許せないようで、「これからは都政を監視していくと」という宣戦布告まで飛び出した。

 独善的で、懐疑的で、執念深い。ここまでジャーナリストらしいジャーナリストを他に知らない。この調子なら「被害女性」と文春・新潮がこてんぱんにたたきのめされる日も近い、かもしれない。

●窪田順生氏のプロフィール:

 テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者、月刊誌編集者を経て現在はノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌へ寄稿する傍ら、報道対策アドバイザーとしても活動。これまで100件以上の広報コンサルティングやメディアトレーニング(取材対応トレーニング)を行う。

 著書は日本の政治や企業の広報戦略をテーマにした『スピンドクター "モミ消しのプロ"が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)など。『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。

最終更新:8月3日(水)14時17分

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