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ダークウェブとアノニマス(上) 「Tor」の源流となったデビット・チャウムの提唱

THE ZERO/ONE 8月2日(火)17時32分配信

THE ZERO/ONEの記事が元になった文春新書『闇ウェブ』が7月21日に発売されたので、本稿ではダークウェブと匿名ハッカー集団アノニマス(Anonymous)の関係について紐解いてみたい。なぜなら、アノニマスこそがダークウェブやTorを一般に解放してきた先駆者とも言えるからだ。

アノニマスという単語を聞くと、ガイ・フォークスのマスクを被った匿名ハッカー集団を想像する人も多いだろう。匿名ハッカー集団としてのアノニマスについては後で詳しく述べることにするが、まず強調しておきたいのは、ダークウェブやTorを使うこと自体が、その利用者すべてを文字通りの「アノニマス=匿名」にしてしまうということだ。ハクティビスト(ネット上のアクティビスト、あるいは政治的ハッカー)たちは、その登場とともにネット監視や情報検閲との戦いを繰り広げてきた。それゆえに、実名で活動するハクティビストであっても、ネット上のコミュニケーションでは、ダークウェブやTorを積極的に用いて、アノニマスとなり自身の安全を守ってきたと言える。

1970年代末に生まれた「アノニマス・コミュニケーション」

最初に「アノニマス・コミュニケーション(Anonymous communication)」というアイデアを提唱したのは、カリフォルニア大学バークレー校でコンピューターサイエンスを研究していたデビッド・チャウムである。インターネットがワールド・ワイド・ウェブとして解放される以前の1970年代末、チャウムは当時開発が進んでいた電子メールにおいて、IPアドレスから個人を簡単に特定できてしまうことが、いつの日か問題になるのではないかと思い悩んでいた。

「プライバシーとは、人間の存在の基礎を支える非常に重要で、民主主義において絶対的に必要とされるものなんだ。毎日、そんなことを考えながら、車で大学まで通っていたら、その道すがらで、トンデモないことを思いついたんだよ」と、チャウムはBBC制作のドキュメンタリーで興奮ぎみに語っている。(『Horizon : Inside the Dark Web』より)

彼が着想したのは、パソコン通信における大量のメタデータの解析方法である。彼の考えによれば、メタデータにおいて「誰と誰」が「いつ」コミュニケーションをしたのかということこそが重要であり、そこでどんな情報をやりとりしたかはあまり問題ではなかった。つまり、大量のメタデータを扱う分析において、コミュニケーションをパターンとして認識するだけで、充分な諜報と監視が可能であると考えたのだ。そのような分析方法は「トラフィック・アナリシス(Traffic analysis)」と呼ばれた。その上で、そのような分析方法が、ネット上での電子メールのやりとりに適用されるならば、プライバシーを無視した大量監視が簡単に行えるようになると予測していたのである。

1981年、デビッド・チャウムは、それらの考えを論文『Untraceable Electronic Mail, Return Addresses, and Digital Pseudonyms(追跡不可能な電子メール リターンアドレス、デジタル匿名)』にまとめている。そこで彼は、IPアドレスで情報のやり取りをすることに対して警告。そして、より複雑な方法、つまりアノニマス・コミュニケーションを利用する方が、プライバシーを守る上では最善ではないかと主張している。

例えば、ある集団の中で一人がアノニマスを名乗ったとしても、消去法で個人を特定することが可能だ。しかし、複数あるいは多くの人々がアノニマスになれば、個人を特定することは非常に難しくなる。チャウムが提唱するアノニマス・コミュニケーションを簡単に説明するとこうだ。チャウムのアイデアは、当時ワールド・ワイド・ウェブや電子メールのシステムを推進していた研究者たちに顧みられることはなかったが、後に匿名性を重視するTorなどのネットワークやダークウェブを生み出す基本的な考え方となっていく。アノニマスという言葉は、デビッド・チャウムがインターネット登場前夜に、来たるべきネット監視に対抗する方法として提唱していたものなのである。

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最終更新:8月2日(火)17時32分

THE ZERO/ONE