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富山大空襲71年、各地で追悼 悲劇伝え学ぶ努力を

北日本新聞 8月2日(火)0時48分配信

 米軍の攻撃で街が焼け、3千人近くが亡くなった富山大空襲から71年。富山市では1日、各地で追悼や鎮魂の行事が行われた。戦争体験者が高齢化し、戦争の悲惨さをどう伝えていくかが課題となっている。参加者からは「追悼行事へ若者が参加する機会を増やすべき」「若者自らが戦争について学び、次代へつなぐ努力をしないといけない」などの声が聞かれた。

 富山国際会議場であった「富山市民感謝と誓いのつどい」では、約500人が空襲の犠牲者や戦没者、復興に尽力した先人をしのんだ。呉羽小6年生約80人も献花し、高坂美都(まみつ)さん(11)は「富山が空襲に遭ったことは悲しい。戦争は起きてほしくない」と話す。田林修一市遺族会長(81)は「71年前のことを強く伝えるため、こういう追悼の場に若い人たちに参加してもらうことが大事」と語った。

 磯部町の県護国神社では、空襲の犠牲者の魂を鎮める「万灯みたままつり」が行われた。参列した射水市浄土寺(小杉)の徳中弘文さん(78)は、空襲で赤く染まった富山の街を眺めたことが忘れられないという。「若い人は勉強して戦争の悲惨さを知ってほしい」

 戦争の歴史を知ろうと努力している若者もいる。同まつりで藤間勘史弥社中として「夏のをどり」を披露した富山第一高3年の馬場洋輔さん(17)は、靖国神社に足を運ぶなど戦争について自主的に学んでいる。「神様の前で半端な気持ちでは踊れない。同世代にももっと学んでほしい」

 県ユネスコ連絡協議会と富山ユネスコ協会が富山城址公園の戦災復興記念像前で実施した「平和の鐘を鳴らそう」に参加した富山大附属中3年の明(みょう)由梨さん(14)も「生きた記憶を学び、富山に生まれた人として後の世代に伝える努力をしないといけない」と強調した。

 戦争を知る世代の人たちは、つらい体験を語り継ぐことの大切さをかみしめた。陸軍士官学校や陸上自衛隊のOBらでつくる富山偕行会は、県五福公園内にある歩兵第514連隊の記念碑前に集まった。6歳で空襲を経験した濱谷隆平会長(77)は「空襲があったことを知らない若者も多い。伝えていくことが自分の役割。折に触れて語っていかねばならない」と使命感を口にした。

 山王町の日枝神社では、空襲の犠牲者の鎮魂のため、県武術太極拳連盟が大奉納会を開いた。東町の上嶋(うわじま)一嘉さん(81)は「幸せな今の時代、戦争のことを分かってもらうのは難しいかもしれない。それでも、戦争は二度とあってはならないと伝え続けたい」と力を込めた。

 県平和運動センターの不戦の誓い集会や、連合富山の集会「ピースアクション」などもあった。

北日本新聞社

最終更新:8月2日(火)0時48分

北日本新聞