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【コラム】キュウソネコカミ『サギグラファー』が実は画期的変化であるわけ

RO69(アールオーロック) 8月2日(火)7時0分配信

キュウソネコカミとは、皮肉と愚痴と願望にまみれた歌詞をロックサウンドにのせて叫ぶ、いわば「ロックバンドという姿を借りた風刺画」である。

その風刺画は世間を面白おかしく、時には辛辣に描いてきた。例えばインディーズ時代の楽曲、“サブカル女子”では《ブスではないけどかわいくない》とインディーズバンドの客の多くを占める「サブカル女子」を平気でディスり、メジャーシーン進出時にはデビュー曲“ビビった”で《メジャーに行って1、2年で消えるバンド多過ぎクソワロタ》と周りのバンドを煽った。

そして今回2016年8月3日(水)にリリースされる2ndシングルの表題曲“サギグラファー”は「写真にブサイクに写る俺に修正をかけてくれ」という個人的な願望と愚痴で固められた歌詞の裏に、近年の写真加工ブームに対する皮肉も感じ取れる曲だ。

《フォトグラファー 俺に魔法をかけてくれ/修正可能なら どうぞ好きにやっちゃって》
《自撮り詐欺写真が褒められて/いじけた心少しとかされる》

自撮りアプリで加工された詐欺写真が本来の自分自身と違っていることは誰もがわかっているが、それでも褒められるとやっぱり嬉しい。写真加工をすることで少しでも自分に自信を持てるならそれは良いことなのだが、その滑稽さをキュウソは自らの姿をその風刺画に描くことで皮肉っている。それが“サギグラファー”だ。世間をそのまま描くより、自分の姿を通じて描くことで風刺画は以前にも増してリアリティある濃いものとなった。なぜキュウソはそうしたのか? その答えは、“サギグラファー”のミュージックビデオを見るとわかりやすい。

キュウソネコカミ“サギグラファー”MUSIC VIDEO
http://www.youtube.com/watch?v=UWgfwooNqxk

今回のジャケット写真はヤマサキ セイヤ(Vo/Gt)の願望通り、メンバー全員の顔と体に加工が施され、イケメンバンド風なジャケットに仕上がっているが、ミュージックビデオの中でその加工写真が世界的なデザイナーの目に止まり、モデルとしてコレクション出演のオファーが来る。しかしコレクション当日の会場でそれが詐欺写真であるということがばれて、場をしらけさせてしまうというストーリーになっているのだが、最終的に9等身でもイケメンバンドでもない、ありのままの自分たちで曲を演奏し、結果、その場を盛り上げることに成功する。

このミュージックビデオからも汲み取れるように、今回の新曲でキュウソは魔法をかけられた自分を皮肉りながらも、同時に「無加工の俺」でもカッコ良くなれるということを体現しているように感じる。つまり、ただ皮肉をこめて風刺画を描くだけではなく「無加工の俺を見ろ!」と言わんばかりにその風刺画の中に「一つの突破口」を提示しているのだ。相変わらず愚痴多め、皮肉っぽい作品と見せかけて、今回は今までの風刺画とは明らかに一線を画している。「自分自身」をそこに描いたことに「キュウソネコカミ」というバンドとしての「覚悟」と「成功」を感じるのだ。

これからもロックバンドとしての熱量を失わず、「無加工」のまま、世の中の滑稽さを風刺画のように体現し続けてくれることを期待したい。そして、ダイレクトな皮肉で共感を得ることをせずとも、「自分自身」の存在をもって共感+αを伝える方法を身に付けたという意味で“サギグラファー”は画期的な作品だと言えよう。(渡辺満理奈)

RO69(アールオーロック)

最終更新:8月2日(火)7時0分

RO69(アールオーロック)

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。