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中国でも大きく報じられた相模原の大量殺傷事件と中国の凶悪犯罪

ZUU online 8/3(水) 10:54配信

神奈川県相模原市で起きた凄惨(せいさん)な殺人事件は、中国でも「残疾人福利院惨案」とされ、大きな関心を集めた。

ニュースサイト「今日頭条」では1日中この事件をトップに据えていた。パソコンで「殺人事件」と入力してニュース検索すると、1~6ページ目までこの事件で占められた。検索エンジンの検索数順位では当日の3位だった(ちなみに1位はCCTVの爆笑NG集のトピックだった)。

大雨による被害も一段落し、中国にしては平穏な1日だった。そのため余計に注目を集めた可能性はある。

■CCTV(中国中央電視台)と新聞報道

27日夜7時のCCTV全国ニュースではいつものように外信は7時25分からの5分間で、項目は以下の4つ。

1 アセアン+日中韓の外相会議
2 神奈川県相模原市の19人大量殺人事件、
3 ロシアがリオ・オリンピックに条件付きで出場
4 ソーラー飛行機インパルス2がアブダビ着、世界一周を達成

2番のニュースは、は放映時間では半分近くを占めた。

翌日の地方紙は、国際面のトップで全体の5分の4をこの事件に当てた。見出しは「犯人はかつて470人の障害者を殺すと語った」、小見出しは「近所では子供好きの好青年」となっている。犯人の人となり、両親の職業から周囲の人間の証言など詳しく報じている。また日本は銃器類の規制が極めて厳格で刃物類しか凶器となり得ず、こうした大量殺人は極めてまれとしている。

いずれも最近の日本関連ニュースでは最大の扱いである。中国人にとっても衝撃的事件だったことに間違いない。

■ネットユーザーのコメントは常に変わらず

低レベルのコメントは「安部晋三が悪い」「日本軍国主義の残滓(ざんし)が表れた」などの論調で、いつもと変わらない。大衆の間では安部・小泉=悪、小沢・福田=善、イメージが浸透している。中国にとって禍をもたらすもの、福をもたらすもの、という陰と陽の感覚らしい。しかし両者の政策上の違いなどだれも知らず、単に日本非難の枕言葉に過ぎない。

最も低劣なのは、適性国だからとこの種の凶悪犯罪に喝采を送る類のものだ。今回も散見されている。これに耐えられず、諭そうと試みる中国人も確かに存在する。代表的なコメントを紹介する。

網友(ネットユーザー)たちは、南海仲裁のもたらした愛国的情緒を、アメリカ製品、日本製品などの排斥に当ててはならないし、人民の怨恨に転化させてはならない。まして障害者殺人などという民間悲劇に拍手を送ってはならない。

「愛国」は理性と道義を基礎とすべきである。民間の悲劇は、いつ我々の身辺に出現しないとも限らない。弱者を刃物で屠るといった暴力はあってはならない。断じて反人類意識形態の色彩を帯びてはならないのだ。

ただしこの常識人も南シナ海仲裁案については「紙屑」という前提のようである。

もう1つは「世界で最も安全な国とされる日本でなぜ」というコメントだ。日本を多少なりとも知っている人はだれしも思うだろう。中国は危険なところだ。常に自己主張と交渉を繰り返し、安全地帯を確保しなければならない。他人は信用できず、攻撃やごますり、言い訳など闘いの連続で息つくヒマもない。権力はいつ牙をむいてくるか分からないし、医療、食品、自動車、果ては空気に至るまで、何もかも危険がつきまとう。その反対に、日本にはオアシスのようなイメージがあった。

■中国の犯罪率と凶悪犯罪

その中国は自身の事を、全世界における最低犯罪率国家の1つと位置付けている。裁判所で審理される案件は毎年40万件余りで、刑事案件は2万前後に過ぎないというのがその理由だ。再犯率も6~8%と極めて低い。

これに異論をさしはさむのは素人でも容易である。それは置くとして、ここでは個別の凶悪犯罪を中国10大凶悪殺人案件というページから5件ほど紹介しよう。

1 周克華-重慶市で6件の銃による殺人事件に関与。2012年8月警察の銃撃で死亡。
2 林過雲-香港の連続殺人犯。82年に女性4人を殺害。死体を撮影。終身刑。
3 馬加爵-雲南省で2004年2月13日から3日で4人を連続殺人。同年6月死刑執行。
4 龍治民-陝西省で1985年、妻子と共謀して48人を殺害。中国最大の凶悪事件。
5 勒如超-石家庄で2001年、恋人を追いかけ刺殺。爆発事件を起こし108人が死亡。

常識人の言う通り、悲劇はいつ我々の身辺で起きないとも限らない。このリストのように、中国でもすでに実証済みだ。反人類の色彩を拡散させてはならない。各国の課題は共通である。(高野悠介、現地在住の貿易コンサルタント)

最終更新:8/3(水) 10:54

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TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。