ここから本文です

認知症を予防するには

ITmedia ビジネスオンライン 8月3日(水)7時59分配信

 65歳以上の認知症発現率は推計15%、460万人以上に達することが、厚生労働省研究班により最近公表されました。認知症の発症予備軍として注目される軽度認知症(MCI)の高齢者も約400万人と推計され、65歳以上の4人に1人が認知症ないしは認知症予備軍となる計算になります。

 この調査は2009~2012年度に全国8市町で実施した計5386人分のデータを解析して認知症の有病率を調べ、2012年度時点での状態を推計したものです。前回2010年に厚労省が予測した認知症有病率は、2015年度には65歳以上の8.4%、262万人ということでしたので、その予想を大きく上回る数値となっています。

 そして、今回の推計値は団塊の世代が含まれていない集団を対象としており、2014年には団塊世代が65歳以上の高齢者になっているので、認知症人口は推計値よりはるかに多いと考えられます。

 高齢化社会において認知症が増えていくと、ただでさえ減少している労働人口の枯渇状態に決定的なダメージを与えることにつながりかねません。認知症を発症すると本人はもちろん労働できませんが、さらにその介護者を複数必要とするため二重三重に労働力を消費してしまいます。健常であれば当人とその介護者たちが社会に対して創出できた労働力が、当人1人の介護のみに消費されてしまうのです。

 以上のことから、認知症のコントロールは現代社会においては喫緊の課題であり、治療薬も次々と開発されておりますが、一旦発症すると治療を開始しても根治できないのが現状です。そこで、どうにか認知症の発症を予防できないかということになるわけですが、残念ながら確実な予防法は科学的には完全に解明されていません。しかし、認知症の予防に関する研究は国際的に多数報告されており、期待できる予防法も複数同定されてきています。

●認知症の原因

 認知症の原因を突き詰めることができれば、その対策をすることにより予防できることになります。認知症の原因の半数といわれるアルツハイマー型認知症は、アミロイドβという老廃物が脳に蓄積することがその原因だと分かっています。そして血糖を低下させるときに必要なインスリンという物質が慢性的に血液中に増加し続けるとアミロイドβが溜まりやすいということも知られています。

 すなわち、慢性的にインスリン分泌が多い、2型糖尿病(一般的な生活習慣による糖尿病)、糖尿病予備軍、肥満、そして運動不足の人は、アミロイドβが蓄積しやすく認知症が発症しやすいということになります。また、認知症の原因の約20%を占める脳血管性認知症は、動脈硬化や血栓症などの血管病がその背景にあります。糖尿病、肥満、運動不足は血管病を発症する代表的な危険因子でもありますから、これらの管理をすることが認知症予防の最大のポイントと言えるでしょう。

●認知症の危険因子・防御因子

 日本人の標準的なサンプル集団として注目される九州の久山町スタディは、心血管病や認知症の発症リスク予測に対して信頼できる情報を提供するものと考えられています。40歳以上の全住民を対象とし、前向きの追跡研究で、受診率が80%、剖検率が75%、追跡率が99%という他の研究に類のない特徴を持つことが、この研究が医学的情報として極めて高い価値が置かれている理由です。

 50年以上もの長期にわたるこの前向き調査で、日本人の認知症発症リスクとして高血圧、喫煙、糖尿病の3つは明らかであることが提示されました。具体的には、特に中年期(40~65歳)の高血圧が血管性認知症の危険因子であること、中年期から老年期にかけて持続して喫煙すると認知症は促される一方で、中年期で禁煙するとリスクは劇的に下がること、糖尿病はアルツハイマー病増加の要因であること、が示されています。

 「アルツハイマー病は脳の糖尿病だ」、という見解が、脳神経外科専門医の間で最近示されているようですが、久山町研究でもそれが証明されているわけです。 

 認知症学会のガイドラインでは、認知症にかかわる因子が危険因子と防御因子の2つに分けられています。危険因子には、アポリポタンパクE4を有している者、高血圧、糖尿病、高脂血症、運動不足、喫煙が挙げられ、防御因子としては、定期的な運動、地中海型食事、余暇活動、社会的参加、活発な精神活動、認知訓練、適度な飲酒が挙げられています。

●認知症の予防

 過去数回にわたって、がんや血管病など命に関わる重篤な疾患の予防法についても触れました。それらの投稿を読まれた方は、上述の認知症の予防に関する内容が、がんや血管病の予防とほとんど同じではないかと感じられたはずです。

 がんや血管病の発症を予防するポイントとして挙げられたものは、節度ある飲酒、禁煙、加工肉を控える、運動、減量、野菜・果物を食べる、減塩、コーヒー摂取などでした。上述の認知症の予防のポイントとかなり重複しています。

 また、冒頭に触れた軽度認知症(MCI)という認知症の前駆状態に陥っていないかを、定期的にチェックすることも極めて肝要と言えます。認知症は忽然と発症するものではなく、MCIという正常と認知症の境界領域を経て徐々に症状が完成されるようです。MCIの時期に予防策を積極的に講じれば認知症の発症を抑止できる可能性があります。

 MCIは、認知機能の一部に問題が生じているが日常生活には支障がない状態のことで、

1、認知機能の低下が本人や周囲から申告される

2、記憶など1つ以上の認知領域での障害が客観的に示される

3、日常生活動作は正常で自立している

4、認知症とはいえない、などが診断基準になります。

 自分がMCIになっていないか不安に感じられる方は、もの忘れ外来など医療機関で確認してもらうのが良いでしょう。

●具体的なアクション

 がん、血管病、認知症の予防法は、その多くが重なるわけですから、これらの予防策をしっかり励行すれば、現代人が最も恐れるこれらすべての疾患の発症を抑えられるとも言えます。そして、高齢化社会で最近とみに問題視される高齢者の虚弱状態(フレイル)の対策にもなり、まさに健康長寿を手に入れることにつながります。

 科学的に絶対とは言えないまでも、さまざまな研究報告から期待できる予防のためのアクションを最後に整理します。

40~65歳は高血圧や高コレステロールの治療を積極的に行う

 40~65歳の社会的活動力がある時期に血圧や血中コレステロールの管理を怠ると、それが「負の遺産」となって将来認知症の発症が促されるようです。血圧の治療薬は飲み始めたら一生飲まなければいけないので、できるだけ服用開始時期を遅らせようと考える方が時々いますが、実際に健康に不安を感じる年齢になって、高血圧の程度が進んでしまってから治療を開始しても、時すでに遅しです。逆に、40-65歳でしっかり健康管理ができれば、70歳以降は血圧や血中コレステロールをそこまで厳格に管理しなくても問題ないという見方もあります。

運動は極めて重要

 過度な運動はむしろ障害の原因にもなりますので避けるべきですが、適度な運動は積極的に意識的に行うべきです。既にアルツハイマー病が発生したとしても運動によりその進行が抑えられたという報告もあります。

 適度な運動とは、週3~5回、1回20~60分程度の、多少負担は感じるけれども終わったら充実感、開放感があるレベルのものが良いようです。そして、楽しくできるもの、計算や創造などの頭も同時につかうものであれば、なお良いと言われています。

 音楽に合わせてステップを踏みながら、100から7ずつ引く計算をし続けたり、全国の都道府県名を思い起こしたり、身体を動かすことと頭を使うことを並行して行うのが理想的です。深呼吸やウオーキングは手軽で単純な運動ですが、習慣にすると健康改善の効果が極めて大きいと言われています。

社会参加、余暇活動、精神活動は効果あり

 できるだけ多くの人と会話すること、家に閉じこもらずに社会的活動に積極的に参加すること、趣味やレジャーを満喫すること、瞑想を心掛けたり神社仏閣などにお参りをして気持ちを鎮めたりすること、などは多くの観察研究で認知症の予防効果があることが示されています。

食習慣を見直すことも大切

 科学的エビデンスがある食事因子としては、

1、野菜や果物を積極的に摂る(ただし果物の摂り過ぎは高血糖になるので注意)

2、タンパク源としては魚を積極的に摂取する(肉を食べてはいけないということではない 魚の摂取不足が問題)

3、地中海食

4、適度な飲酒(ワイン1日1-2杯 個人差はある)などが挙げられます。

 言うまでもなく、煙草は百害あって一利なし、喫煙の弊害を示すエビデンスが出そろってきた昨今、昔ヘビースモーカーだった医師のほとんどが禁煙しています。糖分・塩分を控えることも、もちろん重要です。 

脳の活性化に良いこと

 良い香りをかぐことは脳を休めるだけではなく記憶をつかさどる海馬と呼ばれる脳の領域のコンディションも整えてくれるようです。利き腕ではない腕で歯を磨いたり、髪をといだり、文字を書いたりすることも、脳の活性化につながります。

 そして、脳の広範囲が刺激され脳の調和にもつながる創造的な作業は脳の健康に非常に役立つと言われています。料理、作文、工作、作曲、絵画など、手指をつかって何かを創り出す行為を日常的に行うことができれば理想的です。

 認知症の診療に当たる医師達からは断定的なことは言えないという声も聞かれますが、常に活動的な生活をする、多くの人と日々触れ合う、適度な運動をする、計算や創造などの脳を使う知的作業にこころがける、食事内容に気を付ける、などは認知症の予防に寄与するものとして共通に認識されているようです。

 次回の連載は、最近のがん治療に関するトピックに触れる予定です。

(阿保 義久)

(ITmedia エグゼクティブ)

最終更新:8月3日(水)7時59分

ITmedia ビジネスオンライン