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<イラク写真報告>ヤズディ教徒襲撃から2年(1) ISによる集団虐殺の悲劇(写真6枚)

アジアプレス・ネットワーク 8月3日(水)10時50分配信

◆ISの標的となったシンジャル住民

武装組織イスラム国(IS)がイラク北西部の町シンジャル一帯を制圧してから2年。町や村に暮らしてきたヤズディ教徒はISの標的となり、1000人以上が虐殺され、10万におよぶ住民が避難民となった。中心部は昨年、クルド部隊に奪還されたものの、近郊では今も激しい戦闘が続き、住民の帰還のめどは立っていない。また2000人を超える女性や子どもが拉致され、一部は今も行方不明のままだ。悲劇から2年。ヤズディ教徒が直面した苦悩と悲しみを振り返る連続写真報告の第1回。(玉本英子)

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【←写真1】イラク北西部シンジャルの中心部。住民のほとんどがヤズディ教徒だ。これまで、時の政権やイスラム武装組織などから迫害や攻撃にさらされてきた。(2011年撮影・玉本英子)

【←写真2】シンジャル山にあるヤズディ教の聖塔コッブ。聖人や名士が祀られていて、ヤズディ教徒の町や村にはこの塔がある。ゾロアスター教に通じるといわれるが、キリスト教徒やイスラム教などの影響も受けている。(2011年撮影・玉本英子)

【←写真3】ヤズディ教徒の母語はクルド語。アラブ人やクルド人のイスラム教徒と隣り合わせのコミュニティで暮らしてきた。写真は結婚式の集まりで踊る人びと。(2012年撮影・玉本英子)

【←写真4】ISがシンジャル一帯を襲撃したのは2014年の8月3日。右に見えるのがシンジャル山。この山を取り囲むようにヤズディの町や村があった。(IS映像)

【←写真5】ISは広範囲に部隊を町や村に展開させ、計画的に襲撃を加えた。地域を防衛していたのはクルディスタン地域から派遣されていたペシュメルガ部隊だったが、ISが侵攻すると一斉に撤退。住民は置き去りにされる形となった。(IS映像)

【←写真6】ISは、シンジャル一帯を制圧すると、住民に改宗を迫り、受け入れなかった者や、みせしめとして殺戮を開始。神以外に孔雀天使を信仰するヤズディは「悪魔崇拝」とISにみなされた。(IS映像・一部をぼかしています)

【←写真7】ヤズディ教徒が最も多いのがイラク北部のニナワ県とその近郊地域で、2大コミュニティはシンジャルと、聖地ラリシュのあるシェハン。

最終更新:8月4日(木)8時26分

アジアプレス・ネットワーク