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伝説のマイケル・ジョーダンは、なぜ長年の「沈黙」を破ったのか

ITmedia ビジネスオンライン 8月4日(木)6時25分配信

 米国で人種をめぐる事件が相次いでいる。

 例えば、2016年7月だけを見てもその深刻さは分かる。7月5日、ルイジアナ州バトンルージュの駐車場で拘束された黒人男性が白人警官に射殺される事件が起き、翌6日にもミネソタ州セントポールでクルマを運転していた黒人男性が警官に止められ、運転席で射殺された。両ケースとも事件の様子が動画に収められた。

 動画がすぐにSNSやテレビで全米に拡散されると、警官による横暴または人種差別だとして、全米各地でデモが発生。そんな中、7日にテキサス州ダラスで行われていたデモで、元兵士の黒人男性が警官5人をライフルで殺害。さらに17日には、ルイジアナ州バトンルージュでも黒人男性が警官を銃撃し、3人を殺害する事件が起きた。

 今では各地で「Black Lives Matter(黒人の命も大事)」という運動が生まれ、人種問題に発展している。また同様の事件や騒動が起きる可能性もあり、少なくとも黒人と警官の間では一触即発と言ってもいい緊張感が漂っている。

 そんな米国の状況に一石を投じようと、これまで政治的・社会的な問題に対する発言の一切を避けてきた超大物アスリートが声を上げた。そのアスリートとは、バスケットボール界で一時代を築き、引退後からいまだにその名前がブランドとして世界中で知られる黒人のマイケル・ジョーダンである。

 7月25日、ジョーダンは米スポーツ専門テレビ局ESPNの『The Undefeated』というWebサイトで声明を発表した。1984年にプロのバスケットボール選手になってから、ジョーダンが人種問題などについて明確にコメントしたのは初めてのことだという。

 「もうこれ以上、沈黙を続けることはできない」と題された声明でジョーダンは、警官による相次ぐ黒人殺害のケース、またその反発による警官襲撃事件が頻発していることに懸念を示した。長い沈黙を破った声明にはこう記されている。

 「誇りある米国人として、愚かな暴力行為によって自分の父親を殺害された遺族そして子どもをもつ父親として、また黒人として、私は治安当局の手による黒人たちの死に深く心を痛め、警官を狙った臆病で不愉快な殺人行為に怒りを覚えている」

●簡単に動画が撮影できるようになって

 ジョーダンは「自分の父親を殺害された遺族」と書いているが、実はジョーダン自身も銃による犯罪で父親を失っている。1993年、ジョーダンの父親は、若い黒人強盗2人によって銃殺されている。葬儀に参列した帰りに、ハイウェイで仮眠しているところを襲われたのだった。

 ジョーダンの声明は続く。「愛する肉親を失った家族を追悼する。その痛みは嫌というほど分かっている。私は両親から、人種や出自に関係なく、人を愛して尊敬するよう教えられて育った。最近、対立的な表現や人種間の緊張が悪化しているようで、悲しいし、失望している。この国はそんな国ではない。私はもう黙っていることができない。有色人種がフェアで平等な扱いを受けられることを人々に保障し、私たちすべてを守るために毎日命を懸けて働く警官が尊敬されて支持されるように、解決策を見つける必要がある」

 特にここ2年ほどは、携帯やスマホの動画撮影が簡単にできるようになったことで、黒人が警官に殺される事件が映像で明らかになり、SNSなどで拡散され、それが人種間の関係性を緊張させている。例えば、2014年7月にはニューヨーク州で43歳の黒人男性が白人警官に拘束されて窒息死した動画が報じられ、各地でデモが発生した。また同年8月にはミズーリ州ファーガソンで18歳の黒人が白人警官に射殺されてその後1週間近く暴動が起きた。2015年にはメリーランド州ボルチモアで護送中に黒人男性が死亡し、6人の警官が処分され、暴動に発展している。

 米国で警察による暴力をチェックしているプロジェクト「マッピング・ポリス・バイオレンス」によれば、2016年はこれまでに、160人の黒人が警官に殺害されていると指摘している。もちろん警官による正当な対処も含まれているが、その一方で、160人のうち3分の1のケースで殺害された黒人は武器を所持しておらず、暴力的な事件ではなかったことが判明している。

●ジョーダンが社会的問題の発言を控えてきた理由

 ジョーダンは最後にこう述べている。「私たちは米国人として団結でき、また平和的な対話と教育を通して建設的な変化を達成できるという希望をもって、私は今回発言することに決めた。それを後押しする目的で、私は次の2つの団体に100万ドルずつ寄付する。国際警察署長協会が新たに設立した地域警察関連研究所と、全米黒人地位向上協会の法的擁護基金だ」

 とにかく現在の状況に、いてもたってもいられなくなったということらしい。そしてついに、声を上げたのである。

 そもそもなぜ、ジョーダンはこれまで何十年も、政治的・社会的な問題について個人の発言を控えてきたのか。その理由は諸説あるが、「ビジネス」が背景にあるとする見方が強い。

 米ワシントンタイムズ紙のスポーツコラムニストは今回の声明を受けて、ジョーダンに限らず、多くのアスリートは、政治的・社会的な発言を避けることが自らのキャリアやチームにとって必要だと考える傾向があると指摘している。15年間のキャリアでスーパースターとして9000万ドルの給料とスポンサー契約などで12億ドルを稼いだジョーダンは、キャリアを考えれば政治的な発言をして話題を振りまく必要はない。

 また現役時代から、自らの名前と、自らがプレーしているシルエットをあしらった「ジョーダン」ブランドのシューズなどを米スポーツ大手ナイキから売り出している。1984年の発売以降、世界的にその人気は維持されており、2015年もジョーダンのシューズやアパレル、アクセサリーは世界中で年間20億ドルを生んでいる。

 そんなビジネス的側面から、ジョーダンは政治色などを排除すべく、政治的・社会的問題について発言を避けてきたとみられている。事実、現役時代のこんなエピソードが残っている。ノースカロライナ州で1990年に、超保守派の白人共和党員ジェシー・ヘルムズと、シャーロット市の黒人市長ハーベイ・ガントが争う上院議員選挙が行われた。そこでガント陣営は、NBAのスーパースターで同じ黒人のマイケル・ジョーダンに支持表明してほしいと依頼した。だがジョーダンは、『共和党員だってバスケットシューズを買うからね』と言って、支持表明を断ったという。

 要するに、ビジネスにマイナスに働くことは避ける。しかしここ最近続いている人種がらみの騒動を見るに見かねて、ジョーダンも黙っていられなかった。そして、この問題に対して、影響力のある自分が何らかのインパクトを残そうとした。

●アリとジョーダンの最大の違い

 53歳のジョーダンは現在、ノースカロライナ州のバスケットボールチーム、シャーロット・ホーネッツの大株主である。また「ジョーダン」ブランドや、飲料水メーカーや衣料品メーカーなどとのパートナーシップによって、年間1億ドルを手にしている。それ以外にも、7つのレストランと自動車販売店を経営している。2016年でジョーダンの資産は11億4000万ドルで、富豪番付では、今世界で1577番目に金持ちである。

 引退後もビジネスマンとして成功しているジョーダンだが、超大物のスーパースターであるにもかかわらず、なぜか「カリスマ性」が乏しいように感じる。例えば、2016年6月に死去した元ボクサーのモハメド・アリと比べると、残念ながら、社会的な影響力やカリスマ性という意味では及ばない。

 そういう理由もあってか、今回の声明にも、メディアでは「単なるPRに過ぎない」「稼ぎが減ってしまうかもしれないね」といった皮肉が聞かれるくらいだ。

 アリとジョーダンの最大の違いは、社会問題についての発言力とメッセージ力ではないだろうか。例えば、アリはかつて黒人差別に声を上げ、ベトナム戦争での徴兵も拒否して、「ベトコンには何の恨みもない。オレのことを黒人野郎なんて呼ぶベトナム人はいないしね」「(アリの出身地である米南部ケンタッキー州の)ルイビルではいわゆるニグロ(黒人)が犬のように扱われている」などといった魂のこもった発言を残した。そして米国史に名を残す伝説的なアスリートとなった。

 だが本当の意味で、ジョーダンがアリのようなレベルの伝説的なアスリートになるには、今後も社会に力強いメッセージを発信して人々の心に触れる必要がある。もちろんアリと比べるには時代が違うという意見もあるかもしれないが、今回のジョーダンのコメントと注目度を見れば、そのポテンシャルは十分にある。

 長い沈黙を破ったジョーダンが本当のカリスマになる日は来るか。

(山田敏弘)

最終更新:8月4日(木)6時25分

ITmedia ビジネスオンライン

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