ここから本文です

「富士そば」人気の秘密を探ってみる

ITmedia ビジネスオンライン 8月5日(金)7時10分配信

 仕事は忙しくても、なかなか収入が伸びないご時勢だが、社会人は毎日の昼食代にいくら使っているのだろうか。

【人気の「ゆず鶏ほうれん草そば」の画像】

 新生銀行の「2016年サラリーマンのお小遣い調査」によれば、男性会社員は587円、女性会社員は674円だという。同調査では、男性会社員の毎月のお遣いは過去3番目に低い3万7873円と、限られた額で昼食代を捻出する実情がうかがえる。

 そんな庶民の味方の一つが比較的安価な立ち食いそば店だ。特に首都圏では「名代(なだい)富士そば」(以下、富士そば)「ゆで太郎」「小諸そば」といった大手チェーン店が競い合う。

 今回はその中で最も歴史の古い、1972年創業の富士そばを取り上げたい。老舗だが守りに入らずに積極的なメニュー開発もあり、近年の業績は右肩上がりだ。2010年末は売上高が約73億4028億円、国内店舗数が90店だったが、2015年末には同89億2016万円、113店舗まで伸びた。さらに海外にも出店し、台湾とフィリピンに9店舗を展開している。

●業界に先がけて「安いセットメニュー」「24時間営業」で訴求

 「日替わりミニ丼セット」――東京・代々木駅前、JRの改札口を出て30秒ほどの「富士そば代々木店」のドアに貼られていたメニューだ。例えば、月曜日はミニカレー丼など、日替わりのミニ丼とそば・うどんのセットが500円前後で味わうことができる。冒頭に記した競合店よりも少し安い。

 単品のそば類は300~400円台が多く、丼ものも充実。490円(税込)のかつ丼は1枚肉を使っており、価格の割に品質が高い。立ち食いそばといいながら店内はイス席なので、よほどの混雑と時間に追われない限り、座って食事をとることができる。同店を運営するダイタンホールディングスの丹有樹社長は次のように語る。

 「ランチ需要はきちんと取れていますが、消費者の財布のヒモは固いままですね。以前にセットメニューを530円にしたところ、客足が鈍った店が多かったので、500円以下のセットメニューも再開発しました。客層によりますが、ワンコインでランチをすませたいニーズは非常に高いです」

 富士そばを創業したのは有樹氏の父である道夫氏(現会長)だが、44年前の創業当初から、当時の飲食店では珍しかった「24時間営業」を導入するなど、新たな取り組みをしてきた。

 24時間営業は、食事時間が多様化した現代人には便利だ。残業時の夕食や、終業後の“ちょい飲み”で支持される店もある。手頃な価格と味のバランス、店に入って食べ終わるまで平均10分程度ですむスピード感、といった使い勝手のよさが人気のようだ。

●分社化した7社が競い合う

 富士そばの経営はユニークだ。ダイタンホールディングス傘下に、分社化した7つの企業があり、ダイタンフード、ダイタン企画、ダイタン食品、池袋ダイタンフード、ダイタンイート、ダイタンミール、ダイタンキッチンが富士そば各店の運営を担う。いずれも業務内容は「そば、うどん、カレーライス、天丼、牛丼、かつ丼の販売」だが、トップダウンではなく、できるだけ「現場主導」のスタンスを維持するために分社化しているそうだ。

 「出店も分社化した各企業の役割です。当社は専門の店舗開発部署を持っておらず、各企業の常務がこれはという出店物件を探し出し、私や会長が採否を決定します。ちなみに当社の場合、長年の実績で地元不動産店との信頼関係が厚く、空き店舗情報などをいち早く教えてもらえます」(丹有樹氏)

 これだけインターネットが発達した現代でも、繁華街の一等地の店舗情報などは、古くからビルオーナーとの付き合いが深い地元不動産店が握っていることが多い。出店するからには長年にわたる家賃支払いなどの問題もある。そうした点を信頼されており、他の飲食店との出店競争に先んじるのだそうだ。

 例えば、「駅前繁華街」といっても、人の流れによって出店の手法は異なる。若き日の有樹氏は父の視察に随行して出店手法を学んだという。

 「東京・中野北口駅前の中野サンモールには、ダイタンフードが運営する『富士そば中野店』があります。人出は非常に多いのですが、実は通り抜けに利用する人が多い商店街。こうした場所は間口を広くした店でないと集客がむずかしいのです」(同)

 長年の経験で出店成功率は高いが、もちろん失敗事例もある。渋谷センター街にあった宇田川店は、店の前を通る客層が若すぎて売り上げが伸びなかった。逆にシニア層が多い浅草仲町店では、「歴史ある下町で商売人も多い土地柄なので老舗個人店も多い。そうした場所でチェーン店が入り込むのはむずかしかった」(同)そうだ。

●競わせる経営で、メニュー開発も活性化

 7社に競わせるのは出店だけではない。新たなメニュー開発も各社に委ねている。全店に「かけそば」「もりそば」はあるが、それ以外は自由に開発できるという。サラリーマンの多い店ではボリュームのあるメニュー、女性客も来店する店ではヘルシーなメニューなど、立地に合わせて積極的に開発する。

 メニュー開発では社長プレゼンや会長プレゼンもなく、数人の店長を統括する係長クラスがOKを出せばメニューとして提供できる。「判断するのは会社ではなくお客さま」という視点で商品開発もスピード感を重視する。 

 過去には意外な商品もあった。例えば「揚げたこ焼きそば」は町田店、「チーズクリームそば」は御茶ノ水店が期間限定メニューとして開発したが、人気定着とはいかなかった。

 「あまり細かく言わずに積極的に開発させます。そうした中から、最近の例でいえば『ゆず鶏ほうれん草そば』のようなヒットメニューが出ればいいと考えています」(丹有樹氏)

 どんな業種であっても、新商品が出れば社内は活性化する。総じて老舗企業は守りに入りがちだが、そうした保守性を防ぐ効果もあるのだ。

 ところで「富士そばには年配の店員が多い」という声もある。ときどき利用する筆者も気になっていたので聞いてみたところ、次のような答えが返ってきた。

 「“受け皿企業”として、他社や他業界でうまくいかなかった人の応募も多いからです。当社はそうした人材に対して安定した仕事を提供している自負心はあり、毎年、勤続30年となる社員も出ています。また、少し苦労した人の方が地道な接客ができ、お客さまの満足度にもつながります」(同)

●地方よりも海外に積極展開

 近年は出店範囲も広がり、オフィス街中心の競合他社との差別化につながっている。

 「2016年に出した西武池袋線の富士見台店(東京都練馬区)のように、店舗の背後に住宅街が広がる場所の出店も増えました。こうした店は、近くに住む現役時代に都心店を利用されていた高齢客、富士そば未体験だった女性客、ファミリー客も利用されます」(丹有樹氏)

 客層の変化に応じて、曇りガラスの間仕切りのある座席を導入する店もある。また、メニュー選びに関しては二極化も見られるという。

 「1店舗限定ですが、『上かつ丼セット』を990円で出したところ、思ったよりも売れました。また、今春に全店で『海老天祭り』を行い、2本入りのダブル海老天そばとうどんを550円で出した時も予想以上に品数が出ました。ワンコインにこだわるお客さまがいる一方で、価格に見合う商品を提供すれば集客につながると感じています」(同)

 富士そば史上最高のメニューが千円札でお釣りがくるのも、同店ならではといえようか。そんな富士そばが現時点でやらないことは地方への出店だという。国内全113店舗の全てが一都三県(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)にあり、箱根の山は越えていない。代わりに海外展開は「相手次第だが今後も増えそう」だという。

 社会人の夏休みを控えて、人の移動が始まる時期。そば好き、うどん好きの人は立ち食いそば店の味比べをしても面白いかもしれない。

(高井 尚之)

最終更新:8月5日(金)7時10分

ITmedia ビジネスオンライン