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【SKY-HI(日高光啓)インタビュー】“ポップであること“と“顧客満足“の関係性

SENSORS 8/5(金) 19:00配信

7月27日にシングル「ナナイロホリデー」をリリースした、SKY-HI(日高光啓)。「レコード会社にいたとしたら、レーベルヘッドになるくらい活躍しているだろう(SKY-HIスタッフ談)」と周囲も評するほど、アーティストとして、そして今年30歳を迎える一社会人としても確固たる仕事観・哲学を持っている印象のあるSKY-HI。その裏側にはどのような思いがあるのだろうか。

【動画あり】SKY-HI /「カタルシス」全曲試聴映像&「ナナイロホリデー」

■“黙認“から、メジャーでの活動になった経緯

2005年、先にAAAのメンバー・日高光啓としてのデビューを飾った中、最初はインディーズとしての活動だったSKY-HI(以下「H」)としての活動。2013年メジャーデビューに至るまでの過程をたどっていく。


--まず、アーティストとしてデビューしようと思ったきっかけまで遡って聞かせて頂けますか?

H:元々は「18歳は大人だから何か仕事はある」と思っていて、中学高校と音楽に熱中していたので、「じゃあ音楽レーベルで働こう、これだ」と思ったんですね。
(アメリカのレコードレーベル)Def Jamの創始者ラッセル・シモンズの本も読んだりしていて憧れていた中、「MAX松浦(エイベックス・グループ・ホールディングス 代表取締役社長CEO 松浦勝人氏)って、一代でレコードレーベルを築き上げるなんて凄い」と思ったんです。ラッセル・シモンズと通ずるなと思い、会社が見てみたくなって、avexのオーディションを受けました。
遡ると、中学に入った時から働きたくてしょうがなかったんです。元々、小学生の時までお小遣いを持っていなかったのですが、娯楽であろうと、サッカーをやっていたのでスポーツ用品であろうと、塾の夏期講習であろうと、お金がかかるものについては何が欲しいのか、なぜ必要なのかを全てプレゼンをしないといけない家庭だったんです。それが中学生になると、交友関係も広がってお金の使い方が変わるじゃないですか。そこで常に手持ちのお金がないと困るので、お小遣い制を希望してプレゼンの結果勝ち得ました。でも実際にお小遣いをもらうようになると、今までプレゼンしないといけないともらえなかったものがすぐに買えるようになる。それもあまり気持ち良くなくて、お金は早く自分で稼いで使いたいと思っていました。
高校に入るとバンドに力を入れたのですが、高校二年生くらいで「大学行ったらどうする?」という話になって。「え、やらないの?プロ志向じゃないの?」と思ったんですね。僕はそれでやっていくつもりだったから。そこからどうしようかなと考えて、オーディション受験に至りました。

--avexに入られた後はAAAのメンバーとなり、SKY-HIとしての活動は、最初インディーズでしたよね。どのように社内で話を通していったのでしょうか。

H:最初は黙認で趣味の範囲として捉えられていたんですが、そうじゃない方向にしたいなとはずっと思っていましたし、普通に武道館でLIVEをしている自分が想像できていたので、それは「普通に活動している状態」にしなきゃいけないと思っていました。ということは、そういうインフラがあるところに認めてもらわなければいけない。
となると、プレゼンをするわけですよね。ただやっぱり二十歳そこそこだと大人として見てもらえないんですね。「いいね、頑張ってるね」で終わってしまう。ならば自分の価値を示さないといけないと、数字も含めてコミットしようと思うようになりました。インディーズレーベルを立ち上げて、自分の持ち物ではなくそのレーベルを人の持ち物にして、avexから専属開放してもらってそこに所属しているという形で活動を始めたんです。こうして「自分の看板で自分の音楽を作って、こうなりました」という結果を見せて、またavexに話を持っていきました。「インディーズの方や仲間に協力してもらって、その上でこういう結果が出たから、これを応援してくれないとよそ(のレーベル)でSKY-HIの活動をやらないといけない、でもAAAもあるからよそでやると大変なのもわかるから、俺も出来たらavexでやりたい」と。

--ファンの方にはどのように活動を認知させていったのでしょうか?

H:そこに関しては、もう熱意とスキルでしかなかったですね。結果からいうとものすごく遠回りですが、根性論でもなくて、長期的に見たときのスキルって積み上げていかないと身に付かないし、城は作れないじゃないですか。なにかの拍子で登れたりすると、次の登り方が分からなくなる。積んでいった石垣は登っていった経過と、踏ん張る力を身につけさせてくれるから、それが結果的には俺にとって最短距離だったんですよね。
数年やって「楽しいね」で終わりじゃなく、将来大きい会場でLIVEしている自分から見たときに、その時の登っている最中の姿は自然だったんですよね。先を見据えて遊んできたからこそラップも上手くなるし、気に入ってくれる人が増える。社内へのプレゼンとは違いそこには戦略があったわけではないのかなと思います。

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最終更新:8/9(火) 17:13

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