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リオ五輪 「ブラジルの常識」は「世界の非常識」

ニュースソクラ 8/6(土) 17:40配信

 リオデジャネイロ五輪が6日(日本時間)に開幕した。現地から伝えられる情報は、選手村のトラブルや治安の悪化、政治や賃上げに関連したデモといったネガティブな内容ばかりだ。「この国、本当に大丈夫?」と懸念する人が多いのではないか。

 「当然起こるだろうと予想していた」。リオ駐在のある商社マンは選手村の不備についてこう語る。「日本と違って、ブラジルの新築アパートは水回りを中心にトラブルが多いのは常識だから」という。

 五輪の選手村は31棟の高層ビルで構成され、外観は立派なものだ。パラリンピック終了後に高級マンションとして売却される予定だ。結果的に選手たちは試用期間中の「点検要員」として使われることになる。選手団は水漏れ、汚水、トイレが流れない、ガス臭、配線がむき出しといった問題を次々に指摘しており、改善されれば各戸が富裕層の手に渡るころには不備は解消され、安心して住める状態になっているに違いない。

 工事の遅れもブラジル的だ。メイン会場のバハ地区と、観光地として有名なイパネマ海岸を結ぶ地下鉄4号線は、五輪関係の乗客輸送の要と考えられている。五輪までの完成が危ぶまれながらもついに完成、運行を開始したのは五輪開幕4日前の8月1日だ。拡張道路や専用レーンバス(BRT)などもぎりぎりの日程で完成しており、冷や汗の連続となっている。

 ただ、こうした工事の遅れもブラジルでは常識とみる人が多い。意図的に工事を遅らせて政府から追加の補助金を獲得しようとする建設会社は珍しくないといわれる。間に合わせようとすれば、休日や深夜も工事をする必要が生じ、追加費用を請求しやすくなるからだ。しかも、公共工事には賄賂も絡むので、何でもありの状況になりやすい。五輪関係工事のうち、このような説明を適用できるものがどの程度あるかは検証不能だが、現地を知る人にとっては驚くに当たらない事象なのである。

 これらの事例の背後にみられるブラジル人の国民性を示す言葉として「ジェイチーニョ」がよく使われる。日本語にない概念のため翻訳は難しいが、「たとえ法や規則、道徳に反していても目的を達成するために編み出した要領のいい変則的な解決方法」を指す。植民地支配にさかのぼる歴史的な背景から生まれたとされる。支配層に対する非支配層の知恵が底流にある。

 リオデジャネイロ州は6月17日、財政難から五輪運営の義務を果たせないとして非常事態を宣言した。これも連邦政府からの追加支援を期待した「変則的な解決方法」とみられる。財政難の理由のひとつは石油会社ペトロブラスの経営難だ。同社はブラジル最大の企業で、本社はリオ市。リオ州政府は同社の海底油田開発からのロイヤルティ収入への財政依存を深めているが、原油価格の下落と汚職問題に伴う投資削減が響き、財政基盤が揺らいでいる。その結果、治安を守る警官の人員確保や配置にも悪影響を与えている。失業率も高く、治安には最大限の注意を払う必要がある。

 五輪は無事に終わるか。ブラジル政府は自国が恥をかくような結末にならぬよう、「終わり良ければすべて良し」を模索するだろう。しかし、テロを含む治安、施設の安全性については行事がすべて終わるまで気を抜けない。

 途上国初の五輪開催は1968年のメキシコだが、開催直前、五輪に反対する学生たちに対する軍の弾圧で数百人の犠牲者が出た。「トラテロルコの虐殺」として知られる事件だ。現代でも中国のような一党独裁国家であれば強大な権力のもとで強引に事業を推進できる。しかし、民主化の進んだ今のブラジルではそのような強権発動は起こり得ない。民主化・市場経済化された途上国で五輪を開くのだから、世界は多少の混乱については大目に見るしかないだろう。

■松野 哲朗(経済ジャーナリスト)
1960年埼玉県生まれ。85年日本経済新聞社に入社し、経済部記者、国際部記者、マニラ支局長、静岡支局長などをへて2015年退社、フリーに。筑波大院(ラテンアメリカコース)在学中。

ブラジル研究者が解説する「ジェイチーニョ気質」

最終更新:8/6(土) 17:40

ニュースソクラ