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【美的アジア】『あなた、その川を渡らないで』チン・モヨン監督が語る、愛することのヒントとは?

cinemacafe.net 8月7日(日)17時0分配信

人と人は、こんなにも思い合えるのだろうか。連れ添って、寄り添って76年。98歳のおじいちゃんと89歳のおばあちゃんは、今でも顔を近づけあってはたわいもない会話をし、付き合いはじめの恋人のように初々しく笑い、おどけ、そしてはしゃぐ。「生まれ変わっても世界で一番あなたが好きよ」とおばあちゃんは言い、「足が痛い」という彼女の膝におじいちゃんはフーフーと息をふきかける。愛し、愛されるということが、なんだかとても「奇跡的で特別なこと」のように感じてしまう現代の中で、いとも自然に「愛する」行為を繰り返すふたり――。

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――と、なんだか真面目くさったテキストを書き綴りながら、ただただ現在公開中の『あなた、その川を渡らないで』のふたりが羨ましい!! 「理想の夫婦」、「憧れの夫婦」と誰もが思うであろうこのふたりを、一番近くで見続け、撮り続けてきたチン・モヨン監督はどのように感じたのか。当時のふたりのこと、作品についてお聞きしました。


――監督が本作を撮ろうと思った最初のきっかけは、おじいちゃんとおばあちゃんが紹介されているTV番組を見たことだったそうですね。

監督:このふたりをテレビで初めて見た時、「あまりにも凄い夫婦だ」と思ったのです。「色鮮やかなお揃いの民族衣装を着て町に出る老夫婦」ということで注目され、テレビで紹介されていたのですが、実際おふたりは本当に仲睦まじく、私はそんなふたりにストーリー性を見出したのです。テレビで一瞬だけ紹介されて終ってしまうにはあまりにも残念だと思い、世界中の人たちに見てもらう方法として映画で撮ってみたいと思うようになりました。

――「あまりにも凄い夫婦」とはどのような点からそう思われたのですか?

監督:最近の人たちを例に取って言いますと、若い方々はイベントを行ったりして愛情を表現し、確かめあったりしますよね。そういう一過性のものは誰でもできると思うんです。この夫婦は、日常のとても些細なことに愛情を込めて、それを何十年もの間ずっと続けてきた、お互いに対する愛情を常に持ち続けてきているんです。これって簡単なことではないと思います。どうしたら長い年月変わることなく、愛情を持って接することが可能なのか、というふうに考えた時に、ふたりがどのような暮らしをしてきたか、ふたりの生活ぶりの中に何かヒントがあるのではないか、そう思いふたりに密着させてもらうことにしたのです。

――ふたりの生活の中に特別変わったことは本当に描かれていないですよね。ふたりで食事をし、掃除をし、買い物に出かけたり。そんな誰もが日常的に行っている行為が、なぜだかまったく別世界のように光輝いて見えます。

監督:学識のある立派な方たちが言葉で表現するよりも「百聞は一見にしかず」で、とにかくおふたりの暮らしぶりを見てもらえれば、私が「凄い夫婦だ」と思ったことも伝わると思います(笑)。愛情を長く持続するための鍵が何なのかが、見るだけで伝わると思います。

――おふたりに密着して撮影するにあたり、印象的なことはありましたか?

監督:韓国では特別問題がない限りだいたいの方は撮影をOKしてくださるのですが、おふたりは「一日だけ時間を下さい」とおっしゃいました。撮影をすることで、子どもたちがどう思うかを知りたかったそうです。お子さんたちは、ご夫婦が高齢だということが心配だったそうですが、最終的には、「おふたりの良い記念の映像になる」ということで撮影を許可してくれました。

――監督からおふたりや家族の方に何かお願いしたことなどはあったのでしょうか?

監督:私からはひとつだけご家族にお願いをしました。おふたりともご高齢なので、「もしかしたら撮影中に病気になるかもしれないし、最悪の場合亡くなるかもしれない。それでも最後まで記録を撮らせて欲しい、最後まで撮影をさせて欲しい」といったことです。お子さんたちもご本人たちも同意をしてくださって、本来、おじいさんが亡くなるということは予測していなかったのですが、最終的に亡くなるところまでを撮ることになりました。

――約15か月もの間、ほぼ3人で過ごしていらっしゃったのですものね。それだけ長い間密着していれば、本当の家族のような関係になったのではないですか?

監督:家族という表現はあまりふさわしくないかもしれません。私としては「映画を創る人間」という立場で存在していたつもりです。ただですね、ご夫婦だけで住まわれていたので、私がおじいさんの最期の瞬間まで、最も至近距離で、最も長くおふたりを見ていたということで、互いにかなり情が湧いて、仲良くなったのは事実です。お子さんたちにも話したことがないような話をひとつずつ話してくれることもあり、映画を観たお子さんたちが「こんな話は初めて聞いた」と非常に驚かれていました。


――作品の中のおばあちゃんはなんだかとてもお茶目で、おじいさんはそんなおばあちゃんを優しく見守っているという構図がとても素敵です。

監督:これは笑い話なんですど、撮影が終了して最後に「私を末の息子にして下さい」とおばあさんに言ったところ、「息子はダメ。息子はあまり親孝行をしないから」と言われました(笑)。その代わり、私の妻をすごく気に入ってくれて、「彼女を私の娘にするから、あなたは娘婿になりなさい」と言ってくれました。おばあさんもおじいさんも撮影期間中、本当の息子のように優しく接してくれました。今も久しぶりにおばあさんと再会すると、抱きしめてくれます。そして泣かれるほど喜んでくれます。

――それだけ密な関係を作ってこられたからこそ、おじいさんとおばあさんは監督の前で本当に日常の姿を見せられているのでしょうね。

監督:私自身は監督なのでカメラを持っている限り、一個人としてふたりを見ることは出来ませんでした。ただ、私がカメラを持っていない時に見た夫婦の姿と、カメラを通して見る夫婦の姿はまったく同じでした。常にふたりはいつもと同じ様子で、カメラがあろうがなかろうが同じだったということです。

――おじいさんの看病をしながら眠ってしまったおばあちゃんの頭を、おじいさんがそっとなでる、というシーンで完全に涙腺が崩壊してしまったのですが、監督自身は、おふたりから何を得られましたか?

監督:私自身も、彼らの人生を通じて「愛というものに関するヒントを得たい」という気持ちがあったので、撮影しながらもふたりの様子をつぶさに観察していました。ご夫婦はそれをひとつひとつ余さず私に見せてくれました。そしてわかったのは、「愛はすごい」、とかそういったものではなく、この老夫婦にとっては日常のとても些細なこと。その些細なことひとつひとつに真心が込められていたということでした。それがある意味ではこのふたりの凄かったところだと思います。

――「美的アジア」の読者は結婚を考える年代でもあります。観客にどのようにこの作品を見て欲しいと思われますか?

監督:私は愛の専門家ではないですが…(笑)、最近は100歳時代とよく言われていますけど、人間は生まれてから死ぬまでひとりで人生を過ごす時間よりも、誰かと一緒に過ごす時間の方が非常に長いというふうに思います。この老夫婦の場合は76年間をひとりではなくふたりで暮らしてきたのですが、どうせ一緒に長く暮らすなら、長ければ長いほど幸せでなくては暮らせないというふうに思います。おふたりの間でも色々なことがかつてはあったんでしょうけれども、やはり愛の中で、愛するという行為の中でふたりが生きていたということを感じていただければと思います。もし愛がない中でふたりが生きていたとしたら、ふたりで暮らしていたとしたら、それは非常に不幸なことになってしまうと思います。

――「愛」ってなにげない光の中に、実は大きく存在するものなのかもしれないですね。

監督:よく「私はこの人にこれだけ愛されて幸せ」というような言い方をされる方がいますが、本当の幸せというのは「愛されたから幸せというのではなく、自分が愛したことによって幸せになるもの」じゃないかとおふたりを見て改めて感じました。人を愛するということは、自分自身を尊重するということにもなってくると思います。お互いが愛し合っていい関係を作るためには、愛することによって自分自身を尊重し、お互いの思いやりを維持する、これが本当の「愛するという行為」なのだと思います。なんだか哲学的になってきましたよね(笑)。私が好きな詩の中で、「我々は偉大なことを成し遂げるのではなくて、小さなことを最後まで続けていく、それが人生というものなのだ」というような趣旨の詩があるんですけども、このふたりがまさにそうで、熱烈な愛を貫き通したのではなく、日々の小さな愛の積み重ねが結局は長い愛に繋がったというふうに思います。

――この作品を観ることで結婚していない人もすごくいいヒントをもらえそうですね。

監督:ぜひ、どんどん結婚してお子さんが生まれるようになるといいですね(笑)。

――ちなみに、この作品では、自分の祖父母のことを重ねて観てしまったりもしたのですが、監督はおじいさんやおばあさんとの思い出はありますか。

監督:実はですね、母方の祖父が唯一私が10歳の時まで生きていたんですけど、他の方は私が生まれる前に亡くなっているんです。私にとっての祖父との思い出はよく私の家に遊びに来て手土産に必ず同じキャンディを持ってきていたことです。キャンディの中にピーナッツが入っているもの。それが鮮明に記憶に残っています。しかもこの作品のおじいさんのように昔の韓国の伝統衣装を着ていたんです。この映画も、夫婦の愛を描いているわけですけど、結局いまおっしゃられたように、家族に対する想いというものを改めて思い起こさせるような作品だとも思っています。おじいさん、おばあさん、もしくは年老いた両親を思い出す人もいるでしょうし、結婚した子供を持つ親御さんが観れば「あなた達もこの夫婦のように末永く幸せになって欲しい」と思う方もいらっしゃるでしょう。実際に結婚したお子さんたちにこの映画を勧めてくださった観客の方もいらっしゃったそうです。あらめて家族について考えさせる、そういった作品にもなったのではと思います。

最終更新:8月7日(日)17時0分

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