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野球も恋も恐れ知らず 妻との珠玉ラブストーリー

東スポWeb 8月7日(日)16時9分配信

元局アナ 青池奈津子「メジャー通信」

【ブランドン・ガイヤー外野手(レイズ)】「生後18か月の娘と4か月の息子がいるから、空いている時間は家族に全力投球」。オフは家族一本。「本気で」そう言ったレイズのブランドン・ガイヤーの言葉の裏側にはすてきなラブストーリーが存在する。

 時計を巻き戻して2007年、ブランドンがまだバージニア大学で野球をしていた時のこと。ドラフトを数か月先に控え、波に乗っていたブランドンは26試合連続安打記録を打ち立て注目を集めており、地元テレビ局から取材の申し込みがあった。そのリポーターを務めていたのがリンジーさん。ブランドンがテレビで見て、一目ぼれした人物だ。

 取材を受けることを数日前から知らされていたブランドンは、デートの申し込みをするかしないか、大いに悩んだ。「お前が彼女を誘えるわけがない。おじけづくに決まっている。誘えないに50ドル!」。チームメートであり親友のグレッグの言葉が逆に後押しになった。

 さて、迎えた当日。緊張しつつもインタビューは楽しかった。誘うしかない…。「あなたは恐れ知らず? それとも向こう見ずな選手?」という彼女の質問にヒントをもらった彼は、彼女が一人になった瞬間を狙い、思い切って「君をデートに誘う僕は、恐れ知らずと言えるだろうか?」。手には汗をぐっしょりかいていた。

 ちなみにブランドンは高校時代、野球とアメフットの花形選手。付き合っていた彼女も学年一の美女で、かなりモテた。金髪に青い目のアスリートは、誰から見ても魅力的である。

 果たして結果は…玉砕。リンジーさんもジャーナリストとして駆け出しであり、プロとして丁重に断られた。「最初から分かっていたさ。でも、彼女とのつながりみたいなものをすごく感じたんだ。だから、これはチャレンジ。何としてでも彼女を誘い出さなきゃって思ったんだ」

 そんな強い気持ちが届いたのかもしれない。数日後に取材のフォローアップ質問がしたい、とテレビ局から連絡があり、リンジーさんの仕事の電話番号を入手したのだ。実は「彼女のことばかり考えて全然打てなかったから、そろそろ何とかしないとまずい」と思っていたブランドンはそこから数週間、電話で猛アタック。その執念にリンジーさんはついにオーケーを出し、これがきっかけで交際が始まった。その後、ブランドンはカブスのマイナーリーグへ、リンジーさんはワシントンDCのテレビ局での仕事を得て離れ離れになる。だが、愛を育み続け、3年後の10年に結婚することとなる。プロポーズの言葉は「君に結婚を申し込む自分は、恐れ知らずと言えるだろうか?」だった。

 野球選手とスポーツジャーナリストとして互いの夢を支え合おうと、その後も別居婚という形を選んでまで共に歩んできた。しかし、14年末に第1子ライリーちゃんの誕生後、「夫が娘の成長を見られないなんて考えられない」とリンジーさんはキャスターの仕事を一時休止することを決意。ブランドンは「彼女が人生をかけてやってきたことを、家族のために犠牲にさせるのはすごくつらい。そして、すごく感謝している」。

 だから、せめてオフシーズンに妻が少しでも夢の続きを見られるように、空いている時間は自分が全力で子供たちの面倒を見ているのだ。

 ☆ブランドン・ガイヤー 1985年1月28日生まれ。31歳。ペンシルベニア州ウェストチェスター出身。188センチ、95キロ。右投げ右打ち。外野手。2007年、ドラフト5巡目で指名されカブスに入団。11年開幕前にトレードでレイズに移籍。同年5月6日のオリオールズとのデビュー戦で初打席初本塁打を記録する。12年、13年はほとんどマイナーでのプレーを余儀なくされるが、14年にメジャー復帰。15年は128試合に出場し、打率2割6分5厘、打点28、本塁打8、盗塁10と、打率を除くすべての成績でキャリアハイをマークした。

最終更新:8月7日(日)16時9分

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斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。