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【岡山IH2016】トッププレーヤーに聞く IHの思い出 廣瀬栄理子

バド×スピ!/バドミントン・マガジン 8月7日(日)22時24分配信

「負けたあと、ショックで立ち直ることができなかった」(廣瀬)

真夏の高校生の夢舞台、インターハイ。今年は8月8日(月)からバドミントン競技がスタートする。「バド×スピ!」では連日ニュースをお届けするが、ここではインターハイを経験して、その後、トップレベルで活躍を遂げた選手へのインタビューを紹介する。第2回は、北京五輪に出場した廣瀬栄理子さんです。

Q:廣瀬さんにとって、「インターハイ」とは?
インターハイ……過酷でした(笑)。心残りはシングルスで優勝できなかったこと。ただ、いま考えると、その悔しさがあったから社会人になってから頑張れたのかもしれません。
インターハイは、高校生活での目標にしていた大会でした。1年生のときはダブルスで優勝。団体戦は2年生で優勝していたけど、一番取りたいシングルスのタイトルには、届いていなかったんです(編集部注:1年、2年時とも3位)。
3年生のときは「三冠」をねらえる位置にいて、自分でも目標にしていました。キャプテンとして団体戦で勝ちたい思いは強かったし、ダブルスもシングルスも、優勝をめざしていました。

Q:高校3年夏、インターハイの思い出は?
真夏のインターハイは過酷なんですよね…。精神的にも体力的にもキツかったです。空調のない体育館に当たってしまって、団体戦は1回戦からシングルスまで回ってきました。たぶん、何十試合とやったと思います。大会期間中、ご飯が食べられなくなって、体重もどんどん落ちて…。いま思えば、水分補給もちゃんとできていなかったと思います。

そんななか、みんなで「優勝しようね!」と一致団結して頑張った団体戦で優勝。2年生のときも優勝していたので、自分がキャプテンになった3年生の年は、絶対にチームを優勝に導きたいと思っていました。試合後は、うれしかったというより、ホッとした気持ちになったことを覚えています。
ただ、その後の個人ダブルスは3位。シングルスの決勝戦は切り替えてやろうと思いましたが、本当に体が動かなくなって…。あんな経験は初めてでした。決勝で負けた後、「これでインターハイ優勝はないんだ…」と思ったらショックで、なかなか立ち直ることができませんでした。

インターハイは、高校生にとって特別な大会です。翌日になっても信じられないというか、本当に悔しくて、「この先、バドミントンで頑張れるのかな」と思ったぐらいです。インターハイの1カ月後の全日本ジュニアは、シングルス一本で出たいと申し出ましたが、先生からは両方出て優勝をめざそうと後押ししてもらいました。そして、悔しさのどん底から、また次に向けて頑張ろうと練習して、全日本ジュニアは単複優勝。とてもうれしかったです。日々の積み重ねが結果につながるんだな、と思いました。

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最終更新:8月7日(日)22時37分

バド×スピ!/バドミントン・マガジン

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。