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《Sceneぐんま》鉄道文化むら 碓氷線の“遺産”継承

上毛新聞 8月7日(日)6時0分配信

 「ブレーキ圧をチェックして。モーターの電力供給は十分かな」。ランプと計器に囲まれた電気機関車「EF63」(ロクサン)の運転席で、体験運転の指導員、丸山良男(67)の声が響く。ゆっくりとロクサンが動きだすと、丸山は表情を緩めた。

 碓氷峠鉄道文化むら(安中市松井田町横川)は信越本線横川―軽井沢間(通称・碓氷線)の運行拠点だった国鉄横川機関区の跡地に建つ。1997年の長野新幹線開通に伴い碓氷線は廃止され、旧松井田町が99年に文化むらを開設した。文化むらの数あるアトラクションの中でロクサン運転体験は人気が高く、全国からこれを目当てに愛好家が集まる。

 丸山は往時を知る国鉄OB。最初の配属が同機関区の整備係で、機関士も務めた。ロクサンとは30年以上の付き合いだ。急勾配の碓氷峠用に開発されたロクサンには、地元出身者としても思い入れがある。

 国鉄とJRはロクサンを定期的に検査し、数年おきに大掛かりなメンテナンスをしていた。文化むらでは技術畑のOB2人がロクサン4台を小まめに手入れし、交互に使うようにすることで負担を軽減している。

 「ロクサンを知る最後の世代がまもなく現役から退く。技術の継承をどうするか、考える時期に来ている」と丸山は指摘する。東京都内など平野部で勤務した際に、ロクサンとは求められる運転技術が違うと実感した。ロクサンを整備していた大宮工場(現大宮総合車両センター)にも当時の設備は残っていない。

 蒸気を噴き上げて園内を周遊する、英国製のミニ蒸気機関車「あぷとくん」も開設以来、人気のアトラクションだ。碓氷峠越えを支えた「アプト式鉄道」にちなんで名付けられた。

 大きくボイラーが張り出した運転席は熱気がこもり、わずかな足場で車体の揺れに耐える。すすと汗にまみれながら慎重にハンドルを切る運転士の渡辺学(52)のマスクや手袋は1日で真っ黒になる。部品が傷むと、外部に注文して新しいものと交換している。「英国の製造会社はつぶれたんで、手探りで補修しながら動かしている」と渡辺は明かす。

 文化むらの原点は、碓氷線跡に点在する碓氷第三橋梁(めがね橋)など近代化遺産の保存活動だ。近代化遺産は93年に国重要文化財に指定。碓氷線の廃止後に車両や設備も残そうという機運が高まり、文化むらが造られた。

 碓氷峠の歴史を伝える意味で文化むらの果たす役割は大きいと考えている地域住民は多い。だが、開設当初に年間20万人以上いた来場者は14万人台に落ち込み、設備の老朽化が進む。「鉄道の町」とも呼ばれた横川を知らない世代も増えている。文化むらは正念場を迎えている。(敬称略、田中暁) 日曜掲載

最終更新:8月7日(日)6時0分

上毛新聞