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【乗りもの豆知識】「やむを得ず」半年間休業した私鉄のターミナル駅

乗りものニュース 8/7(日) 7:00配信

京成成田駅よりも開業が遅い京成上野駅

 日々多くの列車が発着し、百貨店なども併設されることも多く、まさに各社の顔ともいえる大手私鉄各社のターミナル駅。しかし、京成電鉄のターミナル駅である京成上野駅(東京都台東区)が、半年間休業していたことがあるのをご存じでしょうか。

 上野公園駅(現、京成上野駅)の開業は、当時の終点である京成成田駅よりも遅い1933(昭和8)年でした。元々は、すでに開業していた千葉方面と押上を結ぶ路線を浅草や上野へ延伸する計画があったのですが、これが頓挫するなどして、青砥から千住などを経由して上野に至る分岐線を新たに建設したのです。

 上野公園駅は開業当初から地下駅でした。ホームの長さは4両分。京成電鉄はこの駅を戦後もしばらく使用し、6両編成に対応させる工事も行いました(「京成上野」へは1953年に改称)。しかし成田空港の開港が決まり、京成線で空港特急の運転が計画される段階になると、いよいよ駅の設備が追い付かない段階に。京成電鉄は京成上野駅の改良工事を行うことを決定します。

 工事は、京成電鉄が当時発行した「京成上野駅改良工事のご案内」によると、元々ホームなどに使用していた地下1階を駐車場とコンコースに転用し、新たに地下2階に10両編成の列車4本が発着できる駅を造るという大規模なものでした。

 この工事を行うため、京成上野駅は1973(昭和48)年6月16日から12月15日まで営業を休止。すべての列車は手前の日暮里駅(東京都荒川区)で折り返しとされました。半年後、新しくなった京成上野駅が営業を再開。新設された設備を使い、現在に至るまで空港特急「スカイライナー」が運行されています。

青山陽市郎(乗りものニュース編集部)

最終更新:8/7(日) 7:22

乗りものニュース

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