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明治時代のコンテンツマーケティング。最先端の流行を伝えた老舗呉服店のカタログとは?

ネットショップ担当者フォーラム 8/8(月) 8:06配信

1900年~1910年頃には、百貨店(当時は呉服店)による本格的な通販カタログの創刊が相次いだ。カタログといっても商品情報だけではなく、小説や風俗批評、実用情報などが掲載されており、東京の最新トレンドを詰め込んだ雑誌として広く愛されていたようだ。

1902年(明治35年)百貨店が通販カタログを発行

□ 高島屋

1902年(明治35年)、高島屋は『新衣裳』を創刊。呉服の流行案内を掲載した月刊の情報誌だった。1910年(明治43年)に第100号で一時発行が中止されたが、その後も続号が発行された。写真は1913年発行号の表紙。

□ 白木屋

1904年(明治37年)、白木屋(現、東急百貨店)は『家庭のしるべ』を創刊した。内容は、裁縫、室内装飾、料理、婚礼の作法など。広告料を取って一般の広告も掲載されていた。後に『流行』『白木タイムス』と名称を変え、多い時は約8千部が発行された。

□ 三越呉服店

三越呉服店では1899年(明治32年)に日本発の商業PR誌『花衣』を発行し、続けて『夏衣』(1900年)、『時好』(1903年)、『みつこしタイムス』(1908年)、『三越』(1911年)とリニューアルを重ねながら発行を続けた。

1909年11月、『みつこしタイムス』に掲載した、論語調で通販の利便性を説いた広告が注目を浴びた。

この頃から「通信販売」という用語が定着した(それまでは「郵便利用商店」「発送営業」「郵便注文営業」などと呼ばれていた)。以下は簡単に現代語訳したもの。

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「送而第一」(そうじだいいち)
(みつこし)タイムス論語は、「論語」を明治式、タイムス式に書いてみせようとして試みたものです。
近ごろ「ポケット論語」なるものが流行していますが、もしタイムス論語が読者のみなさんの歓迎を得たならば、毎号面白い趣向でご覧に入れようと思います。
「送而」は論語の「学而篇」にならったもので、その第一章です。「送而」は「送金」のことです。

「子曰。送而時求之。不亦説乎」(子のたまはく、送りて時にこれを求む、またよろこばしからずや)
「子曰」は「孔子のたまわく」とは違って、(みつこし)タイムス子の説として読者に言いたいことを言います。 その言にいわく、「送って時にこれを求む。また喜ばしからずや」と。
「送而」とは金を送ることです。金を送るには銀行為替、郵便為替、振替貯金などがあり、いずれもお客さまの随意です。
「時求之」は、ときどき注文をするということです。毎日三越に注文する必要がある方はまれですので、ときどき、必要な品ができたときに三越に注文し、これをお求めいただく。つまり、 「送金してときどき三越に注文して、必要品を求めるのは喜ばしいことではないか」 ということです。
最近、郵便制度が改善進歩した結果、地方でも東京に注文してその必要品を求めることが非常に容易になりました。そのため、地方の店で求めるより、東京から求めるほうがかえって便利です。また、安くて品が良く、取り扱いも丁寧で親切です。これが楽しいいことでないわけがありません。この説には誰も反対する方はいないでしょう。

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最終更新:8/8(月) 11:21

ネットショップ担当者フォーラム