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体力が衰えても続けた「慰霊の旅」 天皇陛下が各地で語られた平和への思い 「日本人が決して忘れてはならないこと」

BuzzFeed Japan 8/8(月) 17:54配信

生前退位の意向を感じさせる「お言葉」を表明された天皇陛下。身体の衰えをその理由としているが、多忙な行事の合間にも太平洋戦争の激戦地への「慰霊の旅」を続けられてきた。

そこでは、悲劇を繰り返してはならないという、平和への強い思いが示されてきた。【BuzzFeed Japan / 鈴木貫太郎】

歴代初となる沖縄訪問

1993年4月、天皇陛下は歴代天皇として初めて沖縄を訪問。ひめゆりの塔や沖縄平和記念堂に足を運ばれ、遺族らと面会された。

沖縄戦の激戦地に建てられた沖縄平和記念堂での挨拶では、沖縄の人々の苦労をねぎらうとともに、平和への思いを口にされた。

「先の戦争では実に多くの命が失われました。なかでも沖縄県が戦場となり、住民を巻き込む地上戦が行われ、20万の人々が犠牲となったことに対し、言葉に尽くせぬものを感じます。ここに、深く哀悼の意を表したいと思います。

戦後も沖縄の人々の歩んだ道は、厳しいものがあったと察せられます。そのような中で、それぞれの痛みを持ちつつ、郷土の復興に立ち上がり、今日の沖縄を築き上げたことを深くねぎらいたいと思います。

今、世界は、平和を望みつつも、いまだに戦争を過去のものにするに至っておりません。平和を保っていくためには、一人一人の平和への希求とそのために努力を払っていくことを、日々積み重ねていくことが必要と思います」

アジアの戦跡を巡礼

天皇陛下は、東南アジア諸国も積極的に訪問された。国内の戦没者だけでなく、国外の戦線で犠牲になった人々にも祈りをささげた。

終戦60年となった2005年、大戦で災禍を受けたサイパンを訪れ、すべての犠牲者を偲び、平和を希求する言葉を述べられた。

「亡くなった日本人は5万5千人に及び、その中には子供を含む1万2千人の一般の人々がありました。同時に、この戦いにおいて、米軍も3千5百人近くの戦死者を出したこと、また、いたいけな幼児を含む9百人を超える島民が戦闘の犠牲となったことも決して忘れてはならないと思います。

私どもは10年前、終戦50年に当たり先の大戦で特に大きな災禍を受けた東京、広島、長崎、沖縄の慰霊の施設を巡拝し、戦没者をしのび、尽きることのない悲しみと共に過ごしてきた遺族に思いを致しました。また、その前年には小笠原を訪れ、硫黄島において厳しい戦闘の果てに玉砕した人々をしのびました。

この度、海外の地において、改めて、先の大戦によって命を失ったすべての人々を追悼し、遺族の歩んできた苦難の道をしのび、世界の平和を祈りたいと思います」

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最終更新:8/8(月) 18:15

BuzzFeed Japan

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