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<特別連載>ミャンマーのロヒンギャ問題とは何か?(14)かつて「アラカン王国」と呼ばれたミャンマー最西部 宇田有三

アジアプレス・ネットワーク 8月9日(火)14時34分配信

バングラデシュも仏教地域だったと説明しましたが、現在のミャンマーのラカイン州からバングラデシュのチッタゴン丘陵までは、かつてアラカン(王国)と称されていました。アラカン王国内には、ラカイン人やムロ人、マルマ人やトリプラ人とかさまざまな民族が暮らしていました。英国はこのアラカン王国内に暮らす人を総称してアラカン人と呼んだのです。

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Q.今のミャンマー国内にたくさんの民族が暮らしているのに、一括りに「ミャンマー人」と呼ぶようなものですね。
A.もちろんそのアラカン王国にも各民族が支配権を争い、歴史的な興亡があります。支配権を争った有力な民族の一つがラカイン民族だったので、アラカン人=ラカイン人と解釈する人もいます。ミャンマーの最西州が以前、英語でアラカン州と呼ばれていたのはそのためです。

ラカイン州から、最大都市ヤンゴンや、首都のネピドーを見てみましょう。

ラカイン州の北部にはアラカン山脈があり、地理的にミャンマー本土と隔てられています。今でこそ、ラカイン州の州都シットゥエーからヤンゴンまでは飛行機で1時間もあれば移動できますが、かつては車で険しい山を車で数日かけて越えるか、船で1週間かかりました。この地理的な距離が、ラカイン人とミャンマー人との間に心理的、社会的な隔たりを生みだしました。(つづく)


宇田有三(うだ・ゆうぞう) フリーランス・フォトジャーナリスト
1963年神戸市生まれ。1992年中米の紛争地エルサルバドルの取材を皮切りに取材活動を開始。東南アジアや中米諸国を中心に、軍事政権下の人びとの暮らし・先住民族・ 世界の貧困などの取材を続ける。http://www.uzo.net
著書・写真集に 『観光コースでないミャンマー(ビルマ)』
『Peoples in the Winds of Change ビルマ 変化に生きる人びと』など。

最終更新:8月11日(木)23時31分

アジアプレス・ネットワーク

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。