ここから本文です

【小高和剛×桜井政博×吉田直樹】 週刊ファミ通コラム執筆陣が語る、ゲーム制作への想い

ファミ通.com 8/10(水) 12:02配信

●週刊ファミ通コラム執筆陣が大いに語り合う!
 『ダンガンロンパ』の小高和剛氏、『大乱闘スマッシュブラザーズ』の桜井政博氏、『ファイナルファンタジーXIV』の吉田直樹氏という、週刊ファミ通でコラムを好評連載中のゲームクリエーター3人が、執筆の様子からお互いの悩みまでを膝を突き合わせて語るスペシャルクロストーク! よくあるゲームのインタビューでは絶対に語られない知られ去る事実や、ゲームにかける深い想いなど、たっぷりとお楽しみください。(聞き手:週刊ファミ通編集長 林克彦)

【写真左】 小高和剛氏(文中は小高) 1978年7月8日生まれ。スパイク・チュンソフト所属。『ダンガンロンパ』シリーズの企画・シナリオを手掛ける。放送中のアニメ『ダンガンロンパ3―The End of 希望ヶ峰学園―』ではシナリオ原案・総指揮を担当。週刊ファミ通2014年8月21・28日合併号から、コラム『絶対絶望小高』を連載中。

【写真中央】 吉田直樹氏(文中は吉田) 1973年5月1日生まれ。スクウェア・エニックス開発執行役員兼ディビジョンエグゼクティブ。『ファイナルファンタジーXIV』(以下、『FFXIV』)のプロデューサー兼ディレクターを務める。週刊ファミ通2014年1月9・16日合併号から、コラム『吉田の日々赤裸々。』を連載中。

【写真右】 桜井政博氏(文中は桜井) 1970年8月3日生まれ。有限会社ソラ代表。ディレクション・ゲームデザインをした作品に、『星のカービィ』シリーズ、『大乱闘スマッシュブラザーズ』シリーズ、『新・光神話 パルテナの鏡』などがある。週刊ファミ通2003年4月18日号から、コラム『桜井政博のゲームについて思うこと』を連載中。

●それぞれの執筆ウラ話
──お集まりいただきありがとうございます。さっそくですが、皆さんがいつもどのようにコラムを書かれているか、教えていただけますか。

桜井 ネタは出たとこ勝負で、だいたい日曜に書いています。旅行などをしたときは月曜に書くこともありますね。つまり、締切は月曜です。誌面に載るのは、原稿を渡してから2週間とちょっとでしょうか。

吉田 僕は書いた翌週に誌面に載りますよ?

桜井 え? 

小高 あれ、僕も翌週です。誌面に写真を使わないから、たぶんその関係ですよ。

吉田 ここですでにザワつくという(笑)。

──桜井さんだけ締切が早いわけではないですが、ファミ通では随一の執筆スピードですね。

桜井 新鮮なネタが書けやしない(笑)。すごくいいゲームを遊んだとしても、締切を過ぎていてあきらめているんですよ。かと思えば、伊集院さんのコラムでは書かれていたりするんです。しかも写真つきで……。

──伊集院さんの場合は、うっかりすると印刷所が閉まるようなタイミングで原稿をいただくので、ほとんど緊急処置ですよ。

桜井 ともあれ、編集部もたいへんなので、早く原稿があったほうがうれしいでしょう。

──いつもお心遣いありがとうございます。おふたりはいかがでしょうか?

吉田 僕はもともと、一度失敗した『FFXIV』をどう立て直したかのウラ話を書くお約束でコラムを始めたので。それを書き終えたいまは、わりとフリーダムです。原稿は日曜に書いて、月曜の朝イチで社内広報に一度チェックしてもらっています。

桜井 最初に会社がチェックするんですね?

吉田 開発費用をガチで書いちゃったりするので、どこまでオーケーなのかなと(笑)。

桜井 ……ほぼNGなのでは?(笑)

小高 それ、めちゃくちゃ聞きたいですよ。

吉田 ちなみに、日曜に書けないときは月曜に書きます。いちばん遅くて水曜の朝かな? 

──それは伊集院さんと同じ危険度です(笑)。

小高 僕のコラムは8割雑談です。だって、僕がゲームを語ってもしょうがないじゃないですか。桜井さんみたいに、「なるほど」と思えるようなことなんて書けませんし。遊んだ感想も、「おもしろかった」くらいだから。

桜井 それはそれでいいんじゃないですか?

小高 あと、おもしろくなかったゲームの悪口のほうが、自分的に盛り上がるので……。

桜井・吉田 (笑)。

──小高さんは、誰かになり代わって書いていることが多いですよね?

小高 妄想対談はよくやります。

吉田 ヨコオさん(編註:『ドラッグ オン ドラグーン』シリーズ、『NieR(ニーア)』シリーズを手掛けたヨコオタロウ氏)はおもしろかったです。

小高 対談した体のやつですね(笑)。そういう原稿を、月曜に考えて書いています。

──会社のご自身の机でですか?

小高 そうです。僕はそんなに仕事が好きではないんですね。誰かに見張られていないと仕事しないので、家や移動中では書けません。

桜井 仕事中に書けるのは、メーカー公認だからですね。自分はフリーですし、平日の仕事の時間をコラムの執筆にあてることはあまりないです。吉田さんも、公認という意味では、会社の机で書いたりもするんですか?

吉田 平日は、朝から22時ごろまでミーティング漬けで、帰宅するとだるくなってしまうので、そのまま会社のデスクで『FFXIV』を26時くらいまでプレイするのが日課です。コンテンツファインダー(編註:『FFXIV』におけるマッチングシステム。ほかのプレイヤーとダンジョンなどに突入するときに利用)の待ち時間は、ゲームの仕様やデータのチェックをしていますし。

桜井 オンラインゲームはたいへんですね。

吉田 はい。それもあって、日曜の夜が唯一誰にもジャマされずリラックスして書けるので、自宅ですることが多いですね。

──執筆にかかる時間はどのくらいですか?

桜井 おおむね1時間で、早いと30分です。

吉田 早っ!! 

桜井 もちろん、写真のキャプションもつけています。「文章量が多かったかな?」というときは、編集部からの戻りを見て調整して……。

小高 すごい!

吉田 僕は平均で2時間ぐらいです。文字数がはみ出しても、「この文を削ったら意味が通らなくなる」というときには編集担当に泣きつきます。「押し込んで下さい!」と。

小高 僕も2時間ぐらいですね。質問コーナーのときは1時間くらい。僕のコラムは文字数も適当ですからね。テキストが増えるとどんどんフォントが小さくなっていきます(笑)。

吉田 僕も、最大で2500文字と言われているところを、2800文字くらいになったときがあって。「どうにか入れてください」とお願いしたら、ファミ通的にありえないフォントの小ささになっていました(笑)。

桜井 そういうこともできるんだ!

小高 読みづらくなるだけですよ。

──あまりいいことではありませんので、桜井さんはマネをしないでください(笑)。続いて、苦労された回の思い出を教えてください。

桜井 圧倒的に苦労したのは、自分がハル研究所を辞めたときの回ですね(編註:単行本『桜井政博のゲームについて思うこと』収録)。当時は山梨に住んでいたのですが、関係各所でもめてしまったために東京で終電を逃し、急遽一泊する羽目になりましたからね。

小高・吉田 まさに難産!

吉田 僕は、フランスのジャパン・エキスポに向かう飛行機で書いた回ですね(編註:単行本『吉田の日々赤裸々。『ファイナルファンタジーXIV』はなぜ新生できたのか』収録)。とにかく飛行機が大嫌いで、できれば機内でパソコンを開きたくないんですよ。でも、フランス到着直後に原稿を送らなくてはいけないスケジューリングで……。ネタは何も出てこないし、時間も進まない。寝ることもできず、イライラしながら書いては消して。その回のテキストは段落ごとに話題がバラバラなんですよね。最後に見直して、「そうだ、飛行機が嫌でこの原稿を書いたことにしよう」と……。

小高・桜井 (笑)。

吉田 けっきょく7時間ぐらいかけて書いたのかな? 機内のトイレを撮影して載せたのもその回です。だって機内ではタバコを吸えないのに灰皿があるんですよ? 何なんですかね? というのをオチにしたという……。

桜井 きびしいですね。到着後に2時間待ってくれたら、ラウンジで書くこともできたのに。

吉田 でも、意外なことに読者からの反響が大きかった回でもあって。不思議なものです。

小高 僕は日々会社でシナリオを書くだけなので、あまり人と話す必要がないんです。そうすると、ネタがないんですよね。イベントなどに参加する機会があれば書くネタも出せるのですが。脳内対談や小説みたいなものを書いているときが、じつはいちばん苦しいときですね。ヨコオさんや打越さん(編註:スパイク・チュンソフト所属の打越鋼太郎氏)に「いいですか?」と聞いて、だいたいヒドイことを書いて締めくくります。完全創作なのにつまらなかったらダメなので、ちょっと盛っておもしろくするんですよ。……自分の職業としてどうかと思いますけど(笑)。

●ゲーム制作に加えて、みずから情報を発信すること
──コラムの執筆は皆さんの通常業務とは異なると思いますが、どんな位置づけで捉えていただけているのでしょうか?

吉田 僕はオンラインゲームの責任者なので、普段はうかつな発言ができません。それでもたまにミスをすることもあるくらいで……。ですが、コラムでなら、オンラインゲーマーの皆さんや、まだオンラインゲームを未体験のゲーマーに向けて、オンラインゲームについて最低限知っていてほしいことを『FFXIV』とある程度切り離して書くことができます。また、自分の好きなようにテキストが書ける機会も少なくなってしまったので、コラムを書くことは息抜きでもあります。

小高 僕は最近、収録中に書くことが多いんですよ。僕ごときがゲーム業界にどうこう言えるわけでもないので、せめて読者にクスリと笑ってもらいたいと思いながら書いています。……おふたりのお話は、ゲーム業界的にすごく意義があると思うから単行本になって然るべきですが、僕のは絶対に単行本になっちゃいけない(笑)。もしそれでも出すと編集部が言うのなら、せめて、すぐに破れる薄っぺらい紙にしてほしいんですよね。いざとなったらトイレで使えるような。それでいて、「おもしろいトイレの紙だな」と思ってもらえるという。

桜井 雑誌イズムとはそういうことですよね。パラパラとめくって写真だけ見て、気になるゲームがあったらたまにテキストも読んで。コラムのページは、おおむね飛ばされると思っています。自分のコラムは連載開始当初白黒の半ページでしたが、読み飛ばされることを前提に書いているところもあります。

──皆さんのコラムを目当てに買ってくれている読者も多いと思うのですが、何気なく手にしたときに、「こんなゲームの作り手のコラムがあるんだ」と、目を留めてもらう役割を担っていただいていると思っています。

小高 そういえば学生のころ、ゲームショップでバイトをしていたんですが、休憩時間に何もすることがなくて。休憩所に置いてあったファミ通をめちゃくちゃ読みましたね。

──それはいつぐらいのことですか?

小高 1999年~2001年でしょうか。コラムも何もかも、記事はすべて読んでいました。だからいつも、「いまゲームショップで働いている店員も、僕のコラムを読むかもしれないぞ」と思いながら書いています。

桜井 そこから2年ほど経って、2003年4月になるとわたしのコラムがスタートしますよ(笑)。

吉田 僕も高校3年生の夏から専門学校に通っているあいだは、ゲームショップでバイトをしていましたし、お客さんが来ないときはずっとファミ通を読んでいました。

小高 えっ、どこでバイトしていたんですか?

吉田 高校卒業まで函館に住んでいたので、函館内でもかなり売上が高いおもちゃ屋さんにいました。アルバイトなのに、けっきょく仕入れも含めてゲームコーナー全体を任されていました。

小高 すごい! 僕が働いていたお店はぜんぜんヒマなところでしたよ。おかげでずっとファミ通を読めたので、ゲームにはだいぶ詳しくなりました(笑)。

──いまは作り手みずからが、インターネット放送などで直接遊び手に話しかけることも日常的になりました。いろいろな情報発信の場がありますが、そのあたりについてはどうお考えですか?

桜井 過去に何度かお話ししたことがありますが、作り手が前に出ることで、ゲームがファンタジーでなくなるのは好ましくないですね。たとえば、ゲームに登場するボスが強いことについて、倒すべき強敵として怖さを感じるならいいのですが、制作者が出ることで「ボスが強いのは吉田のせいだ!」、「よしだああああ!」となるのはあまりよろしくないなと。だけれども、ゲームの背景や制作における成り立ちなどをより深く知りたいという方には、情報発信の場もあったほうがいいと思います。そのバランスがうまくいけばいいのですけれども。

──作り手を知ることで、よりゲームが好きになり、応援したくなることもありますからね。

桜井 自分のコラムは、作り手視点と遊び手視点の両輪で回しています。これができるのは連載コラムの中でも特殊なことだと思うので、これからも活かしていきたいと思っています。

小高 桜井さんのコラムはためになるので、学生さんは絶対に読むべきですよ。で、僕自身の意見としては、作り手は前に出たほうがいいと思っています。僕が大学生のころには、作り手がたくさんメディアに出ていて、かっこよくて憧れたものです。いまの時代もそうであれば、ゲーム業界にいい人材がたくさん集まると思うので。僕は今年で38歳になりましたが、いいと思う作り手はだいたい年上の皆さんです。だから、僕らの世代がもっといい作品を作らないといけないなと。……とはいえ、そんなに責任を背負い込んではいませんけれども。

桜井 確かに、最近は作り手の高年齢化という問題がありますね。

小高 制作の壁が高すぎるんですよ。

桜井 ゲームの規模がでっかくなりすぎているんですね。昔はモーターボートくらいの規模でよかったものが、いまは軍艦級が当たり前。そうなると、艦長になる人は限られますしね。

吉田 そうですね。そういう背景があるので、ソーシャルゲームに人材が集まりやすいのはしかたがないことだとも思います。あとは規模が大きいソフトばかりだと、若手が「ゲームをマスターアップする」という経験・回数を積めなさすぎる問題もあります。……お前が言うなという話でもありますが、とくにスクウェア・エニックス(以下、スクエニ)は、ソフト1本の開発に時間がかかりすぎる傾向がありますので。

小高 ソーシャルゲームでも、発案者や大儲けした人の暮らしは、どんどん見せたほうがいいと思うんですよ。いい家に住んで、いいクルマに乗っている姿を。

──そうすることで、若者のモチベーションになるとお考えなんですね。

吉田 じつは、僕は作り手が前に出ることには、あまり乗り気ではないほうです。いまでこそ僕はメディアに露出させていただいていますが、以前はインタビューや取材はすべてお断りしていました。『旧 FFXIV』を逆転させたくて、やれることは何でもやる、ということで『FFXIV』を担当しているあいだはそれをやっているという感じです。じつは、僕がまともにインタビューっぽいことをされたのは、桜井さんがコラムで『ドラゴンクエスト モンスターバトルロード』のことを書かれたのが最初です(笑)。(編註:単行本『桜井政博のゲームを作って思うこと』収録)。

桜井 そうだったんですか!

吉田 小高さんが学生だったころ、僕はゲーム業界に入社したての新人で、メディアに出ている人たちを「メディアに出てないで仕事して!」と憤りながら脇で見ていたんです。もう一方で、「“誰が作ったのか?”は、多くの人にとってゲームを買う理由にはならない」とも思っていました。たとえば、『ドラゴンクエスト』(以下、『DQ』)が400万本売れる中で、堀井雄二さんのことを知って買っている人が圧倒的多数というわけではない。それでも堀井さんほどの方なら、多くの方がご存じだと思いますが、市場規模を下げていったときに、果たしてそれが通用するのかというと、そうではないと思っているわけです。

桜井 自分は、誰が作ったのかが購買理由になることはありますよ。

吉田 もちろん僕も完全否定したいわけではなく、そういう人もいると理解しています。そのうえで僕は、自分が前に出ることよりも、ひたすらチームといっしょにいいものを作ったほうがいいと考えていたんです。でも、『FFXIV』を担当することになって、その姿勢を変えざるを得なくなりました。当時の『FFXIV』は、誰が責任を取るのかもわからなかったし、どんな考えで作られているのかも見えなかったから、ファンの方たちから相当な敵対心を向けられていたと感じました。ならばここで、これまでとはまったく違う方向にギアを倒したほうがよいだろうと……。

──当時の状況を踏まえて、吉田さん自身が前に出るしか道がなかったということですね?

吉田 いえ、中途半端なことをやるよりも、“ありえないこと”を“おもしろい”方向へ倒したと言いますか。その結果、先ほど桜井さんがおっしゃった、倒せないボスが出てくると「よしだああああ!」と叫ばれるようになってしまいましたけれど(笑)。

──ここ3年ほど前面に立って遊び手と対話をされてきましたが、印象は変わりましたか?

吉田 うーん。やっぱり、できるなら作り手は前に出ないに越したことはないとは思います。それが必要なときは、プロデューサーが出ればいいと思います。

桜井 それは言えていますね。

吉田 プロデューサーはゲームをPRすることが仕事ですし、資金を集めて、開発チームが一生懸命作ったゲームを、ひとりでも多くの人に売るのが仕事ですから。ディレクターはゼロであれとまでは言いませんが、表に出なくてもいいのでは。……それとは別に、オンラインゲームのコミュニティーとして、プレイヤーの方たちとオフ会のように接していくことは、僕としてもすごく楽しいので続けていきたいと思っています。

小高 僕は自分のシナリオについて、勝手に語られるのがすごく嫌なんですよ。それがたとえプロデューサーだとしても。少しでも自分の意図とズレたことを言われると、「そんな思いで書いてない」と思ってしまうので。

吉田 それは作家性に関わることなので、もっともかもしれないですね。

桜井 自分は、必要に応じて前に出てもいいと思います。自分の場合、ニンテンドウ64で最初の『スマブラ』を発売したとき、ゲームのルールがメディアや遊び手の皆さんに理解されていなかったので、楽しみかたを提示するために公式サイト“スマブラ拳”を作りました。そこで情報展開をするために、必然的に自分が前に出たわけです。

──ここ10年くらいは、誌面によく登場するおもなクリエイターの顔ぶれはあまり変わっていませんね。メディアの視点から申し上げますと、小高さんよりもう少し若い世代の方にもスポットを当てたいのですが。そしてそれを見た読者が、「おもしろそうだ」とか、「カッコイイ職業だ」と憧れてほしいと思います。

小高 僕としては、マンガやライトノベルを手掛けている若い世代のクリエイターは、本当にすごい才能を持っていると思うんです。そういう才能が、なかなかゲームに来てくれないんですよね。やっぱり、いま自分がいる業界なので、ゲームがいちばんであってほしい。すごい作品を作り出せる若者が、スターのように現れてほしいと思います。

桜井 ひとつの作品が作られるのが、個人の力なのか団体の力なのかというところが大きいのだろうと思います。マンガは個人、ゲームは団体ですからね。また、クリエイターの世代交代が行われないのは、上の世代が居座っているからだとは思わないでもらいたいです。すごい人がいれば、どこにいても頭角を表すものですから。

●私のゲーム遍歴
桜井 自分はゲームには幼いころから触れていて、いまにいたります。『スペースインベーダー』ブームから始まるアーケードゲーム時代、パソコン、ファミコンとともに群雄割拠っぽくなった時代など、まんべんなく楽しんでいますので。単行本『桜井政博のゲームを遊んで思うこと2』の巻頭企画でもまとめていますが、自分のゲーム体験は、そのままビデオゲームの歴史でもありますね。

吉田 僕は子ども時代によく温泉に連れて行かれていて、そこにゲームがあったのでふつうに遊びましたね。でもやっぱり、ファミコンの『マリオブラザーズ』が衝撃的すぎました。“家のテレビの中のものを動かせる”ということ自体にショックを受けましたし、ひとり用もふたり用もルールは同じなのに、ふたりで遊ぶときは協力しても反目しても楽しめるという秀逸な作りで。その体験があって、「将来はゲームを作る!」と決めたんです。小学校の卒業文集には、“ゲームプログラマーになる”と書いてありますね。

小高 小学生のころから目指していたんですね。確か桜井さんもそうでしたよね?

桜井 いえ、自分がゲームの仕事に就くことを考えたのは16~17歳でした。そこでゲームの研究を2年間続けたんです。バイトで稼いだお金でゲームを買い、おもしろいものからそうでないものまで、とにかく多くのゲームをクリアーして。それでハル研究所に入り、すぐにゲームデザイナーになりました。

吉田 ここまでの話だと、僕もそのままゲーム業界へ入ったと思われますが、小学校の卒業から半年後には“盗んだバイクで走り出す”状態になっていましたから!

小高・桜井 (爆笑)。何があったんです!?

吉田 荒れた中学時代でした(笑)。でも、それなりの共学高校に進学できたんです。とりあえず「オレが学校を仕切ってやる!」ぐらいの気合で入学したのに、生徒たちがみんなホワ~ンとしていて、空気感もピンク色なんですよ。そこで自分がハンパなく浮いていることに気づいて、3ヵ月後くらいには自分も同じ方向に……。「やっぱり女子とは楽しく遊んだほうがいいな!」と(笑)。

小高・桜井 (爆笑)。

──吉田さんがハドソン(当時)に入社されたのは、北海道在住だったからですか?

吉田 ハドソンでバイトをしていたんです。その流れで入社試験を受けたら「いいから早く入れ」と言われて……。でもじつは、チュンソフト(現スパイク・チュンソフト)も受ける予定だったんですが……。

桜井 小高さんとニアミスですね! 

吉田 当時、チュンソフトは新人募集をしていなかったんです。でも学校を通じてお話をしたら「履歴書を送ってください」と言われて。その後、面接してもらえることになったのですが、その直前にハドソンから内定をもらったんです。荒れていて母親に心配をかけた時期もあったので、早く安心してもらいたくて、ハドソンに入ることを決めました。あとは、一度ゲーム業界に入ってしまえば、その後の業界内での異動は楽だろうと考えていたところもあります……。

──そんないきさつがあったんですね。

吉田 幻と消えた、『天外魔境III NAMIDA』のスタッフでもありました(編註:NECホームエレクトロニクスが発売したハード・PC-FXに向け制作されていたRPG。2005年にプレイステーション2で発売された同名作品は、当時の企画内容とは別物)。

桜井 あの『NAMIDA』ですね……!!

吉田 はい。村人のメッセージは全部書かせてもらえて。シナリオが書きたくてゲーム業界に入ったので、『天外魔境』のシナリオが書けるのが、すごくうれしかったんです。入社1日目に「何がやりたい?」と聞かれて「テキストが書きたいです」と答えたら、「明日までに書いてきて」と言われて。それで書いたら任せてもらえるようになって。それからどんどん職域が広がって、広井王子さんにチェックしていただいたりもしました。何時間働こうが、会社に何泊しようが幸せな毎日でしたね。ところが、諸事情により肝心のゲームが発売されないという……!

小高・桜井 うおおおお!

吉田 『NAMIDA』は“7枚の鏡を割る”というお話だったんですけど、ホント、6枚割るところまでは完成していたんです。

桜井 それは文字通り“涙”ですね……!

──もはやゲーム遍歴のお話ではなくなりましたが(苦笑)。小高さんはいかがですか?

小高 小学生のころにファミコンブームがあったので、『DQIII』の発売日に並んだり、自然にゲームには親しんでいましたよ。

桜井 高橋名人がヒーローだった?

小高 そうですね。16連射でスイカを割るやつとか、ホントに「スゲー!」と思いましたもん。

──ピュアですね(笑)。

小高 で、中学生でメガドライブとかが発売されて、技術の進化にすごく驚きました。ゲームに出てくる女の子がひたすらかわいいんですよ! なんか、ぬるっとしてて、やたらとセクシーなんですよね。初めてそこで性的興奮を覚えました(笑)。

桜井・吉田 (爆笑)。

小高 その後、大学生のときプレイステーションが発売されて、ゲームショップでアルバイトもして。 年代ごとにトピックがあって、ゲームファンとしては黄金期というか、 いちばん楽しんだ世代なんじゃないでしょうか。

──シナリオを書き始めたのはいつですか?

小高 ゲームは好きですし、 すごく遊んでいましたけど、 ゲーム業界に入ろうと思ったことはなかったです。僕は映画がすごく好きで、映画のシナリオをやりたいと思っていたんですね。……まあ、そっちがうまくいかなくて、ゲームの仕事を受けているうちにゲームシナリオが職業になったという感じです。 いずれにしても、「オリジナルを作りたい」という思いが強くて、 安直に映画よりもゲームのほうが作れそうだなと思ったんですね。 フリーランスでシナリオライターをやっていても、 なかなかオリジナルは作れないので、 これは会社に入らないとダメだなと。 それで何社か受けました。 吉田さんのお話じゃないですけれど、 僕は最初にアトラスを受けていて、 面接してもらうタイミングでスパイク(現スパイク・チュンソフト)から内定をもらいました。シナリオ性のあるゲームといえば、 当時はアトラスのほうが強かったんですが、 逆にスパイクにはあまりなかったんですね。それで、「オリジナルの企画を通すのなら、 スパイクのほうがチョロそうだぞ」と思って(笑)。

桜井・吉田 (爆笑)。

──じ……自由が利くという意味ですよね!

小高 スクエニさんみたいな規模のでかい会社では、企画すら通らないだろうと。 だから、 最初から受ける気はまったくなかったです。 とにかく自分の企画を通したかったんですよ。 まぁ結果的にスパイクはチョロかったんですけどね。

吉田 もう見出しになってる絵面しか浮かばない。「結果的にチョロかった」って(笑)。

●ゲームの未来
小高 ゲームって、1970年代から世に出始めて、まだそれほど経ってないじゃないですか。5年後、10年後のことは、5年前や10年前にはわからなかった。その発展途上の雰囲気が、僕はすごく好きなんです。だから未来は、予測がつかないことになっているとうれしいですね。「スマホがすごい」、「VRがすごい」というふうに、型にはまっていてほしくないです。いっそ、「形としてなくなっちゃった」とか。「ファミ通がなくなっちゃった」というような。

──それは困ります(笑)。

小高 「もう体にチップ埋め込んでいるよね?」ってみんなが話題にしていたりね(笑)。かと思うと、「突き詰めて考えたら、ジャンケンがいちばんおもしろいよね」みたいな世界に……。

吉田 それ、先祖返りしてますよね(笑)。

小高 とにかく、まったく想像がつかないものになっていてほしいです。そしてそこに、僕も参加していたいですね。

吉田 僕は、変わるときは派手に変わるだろうから、あまり未来のことを考えてもしょうがないと思っています。そのうえで、スクエニに所属している以上、僕がというよりスクエニとして3~5年以内には、HDのAAA級タイトルを作らないといけないと思っています。そうしないと、後に続く人が増えてこないという危機感があって。6月のE3で、『ゴッド・オブ・ウォー』の新作や『Horizon Zero Dawn』を見て、尋常じゃないほど悔しくて。そういう作品を期待されているスクエニという会社に、僕は在籍しています。若いころの僕なら、いまの自分と同じ立場にいる上司に対して、「なぜこれを“ウチの会社”でやろうとしないんです!?」と、食ってかかっているだろうな、と。だから、まずはそこですね。ここまで海外メーカーに差をつけられたら、とにかく悔しい!

小高 特攻服を着てカチ込むわけですね!?

吉田 「いくぞオラ!」みたいな(笑)。

桜井 背中に漢字で“須苦得仁”、みたいな。

吉田 やばい、おもしろすぎる(笑)。

桜井 吉田さんのお話はここ数年の目標でしたので、自分からはもう少し長いスパンのお話を。ゲームの未来は、これからも多方面に広がっていくのは間違いないと思います。いま自分たちがやっていることの延長線上に答えがあるだけではなく、カジュアル系のスマホゲームもあるし、VRもある。体感型の施設なり、逆にハンドへルドなり、『Pokemon GO』のようにGPSを用いたゲームもある。だんだん拡散していくのは間違いないですが、問題は拡散される中で何が突破力を持ち得るか、ということなんです。拡散するということはつまり、それぞれが弱くなるということでもありますから。突き抜ける力を持たないと、ゲームの未来が弱いものになってしまうかもしれないと思うんです。ちゃんとファンがついてお金を落としてくれるうえで、いろいろな未来が広がっていくのなら、それは素敵なことだと思います。けれど、たぶん全部が生き残れるものではないから、広がることに対する刺激的な未来があればいいなと思います。

──ちなみに、年を取ったらゲーム作りをやめようと思うことはありますか?

桜井 ありますよ。必要がなくなったらすぐにでもやめようかなと思っています。というか、フリーランスになったときから、自分がディレクターでなくてもいいと思っています。

小高 僕はわかりません。未来のゲームにはどう携わっているのか? またショップ店員に戻るのかな? いまは、いまを生きています。

吉田 ゲーム作りが楽しいと感じている限りは、ずっとやっていると思います。それがつまらなくなったら、すぐにやめると思います。会社も同じです。

小高 スクエニの窓ガラスを割ってから?

一同 (爆笑)。

吉田 中学の卒業式で、先生のクルマのタイヤが4本ともなくなっていたのを思い出しますね。地面に車体だけ置かれていました……。

──悪い学校ですね……。

吉田 中学校は住んでいる地域で決まるので、僕が選んだわけではなく、たまたま行った学校がそうだったと。事故です。環境適応ですよ!

桜井 でも、7枚目の鏡は割れなかった。

小高 哀しい……。

●ゲームのここがスゴイ!
桜井 吉田さんが話題にされましたが、ゲームは画面の中のものを動かせることが大きいですね。自分のゲーム作りにおいても、それが原点になっています。子どものころパソコンが買えなかったので、お小遣いを貯めてファミリーベーシックを買ったんです。これの容量が2キロビットぐらいしかなくて、文字もツメツメで打ち込まなければならなかったのだけど、何と言ってもファミコンのスプライトを動かせるという強みがあったんですね。ファミリーベーシックのおかげで、ファミコンのコントローラを操作して、「こういうふうに変数を入力すると、こう慣性が働くし、手触りが変わるんだな」ということを勉強できたため、ゲームがすんなりと作れるようになっていたんです。

──“ものを動かせる感動”が原点なんですね。

桜井 と言うより、体感ですね。たとえば、コントローラに内蔵されたゴムの反動は変わらないはずなのに、ゲームの場面に応じてものすごく重たく感じて、実際のデバイス以上の感触を得られたりするじゃないですか。そういう“物の操りかた”や、“どんな場合にそう感じるのか”については、昔からずっと興味があります。そこについては今後も追求していきたいと思っています。

──なるほど。吉田さんはいかがですか?

吉田 “自分が操る”ということがいちばんな気がします。子どもって、自分が働きかけた通りに何かが動くことに対して夢中になれるじゃないですか。ゲームの“鋭さ”って、そういうところなのだろうと思います。

桜井 RPG的な観点では何かありませんか? 

吉田 僕がゲームのシナリオを書きたいと思ったのは、『DQIII』のエンディングで衝撃を受けたからです。自分の体験……まさにロールプレイングなんですけど、あたかも自分がそこにいるかのように、本を読む以上に夢中で戦い、倒れ、それについて友だちと語り合ったりもして。映画や本も大好きでしたが、ここまで自分の心をわしづかみにされたのは、ゲームだからこその体験だったのかなと。

──小高さんはいかがですか?

小高 遊び手としては“没入感”でしょうか。これほど入り込めるメディアって、なかなかないんじゃないかな。たとえばホラーゲームなら、怖すぎて死ぬかと思うような体験ができたり、「もしかしてVRホラーで人が死ぬんじゃないか?」とか思ったり。作り手としては、“インタラクティブ性”ですね。僕はシナリオ演出の一環としてゲームを考えるので、そういう意味ではシナリオを伝えるためのゲームのインタラクティブ性はかなり有効だと思っています。『ダンガンロンパ』も、ゲームのインタラクティブ性があってこそ入り込めますし、感動するポイントが多くありますから。

桜井 あの、ひとつつけ加えていいですか? 自分は、“駆け引き”という言葉になぞらえてゲームのおもしろさを調べているんです。『マリオ』がなぜおもしろいのかとか、落ちものパズルはなぜ積もったピースを消すとスッキリするのかということに対して、とりあえずの解答を考え続けているんですね。たとえば、“マリオがカメに近づく”ということは、“リスクが増す行動”ですよね。遠くにいるときはやられる可能性はありませんから。危険が最大になり、ジャンプして踏んで状況を覆すことができたとき、快感が生まれるという。さらに“甲羅を蹴る”ことで“リターン”が重なり、“壁にぶつかって跳ね返ってくるリスク”がある。そういうものがつながっておもしろさが増すという考えかたがあるんです。でも最近確信として思うのは、そういう“ゲーム性”を強めるほどカジュアル層のウケがなくなるということです。

吉田 しんどいですよね。ゲームって、なかなかそこまで真剣に楽しんでもらえるものではなくなってしまったと感じています。いまは消費文化の時代で、「気楽に遊べればいい」という空気がありますよね。

桜井 ゲーム性を突き詰めることはおもしろいのだけど、しんどいと感じる人もいますね。

小高 ライトノベルなどでも、最近は地の文章を読まない人が多いですよ。読むのはセリフだけ。だから、一冊読み終えるのが早い。

桜井 台本みたいな感覚なんですね。

小高 そうです。遊び手の楽しみかたがそうなっている。でも、これが本来のゲーム性だからと、作り手に合わせさせるのも嫌だなと。「そういう楽しみかたが好きな人も楽しめますよ」と、うまく誘導する必要があります。

桜井 そうですね。遊び手の皆さんに目線を合わせて考えることは大事だと思います。

●ゲーム作りのポリシー
桜井 自分にくり返し言い聞かせ、スタッフにも言うことでもありますが、“作り手の都合は、遊び手には関係ない”です。コンピューターはすごく頭が堅くて理屈っぽいものですから、何をやってもダメなことがあるんですよ。プログラマーだって、全部を実現できるわけではないですし。毎日いろいろな判断をしている中で、“遊び手に利益やおもしろさがあることなのか?”という評価軸はつねに持っていないといけません。……ゲーム作りのポリシーは、それこそ何十何百とありますが、いまパッと思いつくのはこれですね。

吉田 僕は、“自分が遊んでおもしろいと思えるものを作る”です。なぜなら、自分がひとり目の遊び手だからです。世界にもし自分と同じ感覚の人がいてくれれば、きっとその人もおもしろいと思ってくれるはずです。でも、自分すらつまらなければ、下手すれば世界中の誰ひとりとして、このゲームをおもしろいと思う人がいない……なんてことになりかねないと考えています。

小高 吉田さんと同じで、“自分がピンと来るか、来ないか”です。最初の『ダンガンロンパ』を作っていたとき、「なんてカルトなゲームを作っているんだ」、「誰も遊ばないかもよ?」なんてことをスタッフと話していたんです。「でも、僕たちの中では最高におもしろいよね!」って。それで発売してみたら、意外と仲間がいた!(笑) それがスタートでしたので。

桜井 逆に、ピンとこないものを作り続ける人はいるんでしょうかね? 会社の命令でやらなきゃいけないこともあるでしょうけれども。

吉田 桜井さん、それは桜井さんが恵まれた環境だったからです!(笑) ひと昔前のゲーム業界では、そういうことは多かったですよ。「いまこの瞬間から新規プロジェクトを立ち上げて、来年の3月までに30万本の穴埋めをしなさい」と会社に言い渡されるような。実際、僕は過去に目の当たりにしてきましたし、“ビジネスである”ということは、そういう経験をした人もかなり多いと思うのです。

桜井 それはたいへん失礼しました!

吉田 会社に命令されたら作って売る。そうしないと、会社が儲からないのでつぎのゲームが作れません。だからそういった状況になったとしても、少なくとも、「自分だけでも“おもしろい”と思えるものを作ろう」という気概を持ち続けたいんです。

小高 僕はスタッフを説得するときに、桜井さんがおっしゃったポリシーに似たようなことを言い出すときはありますよ。「……うん。でもそれ、遊び手には関係ないからね」みたいな。そう言っておいて、ちゃっかり、自分の希望をねじ込んじゃう(笑)。

●私のお悩み相談
■小高氏の悩み 「僕、ゲーム業界で生きていけますかね? 先々のこと、何も考えていないんですよ」

桜井 みんなそうですよ。とくにゲーム業界なんて、五里霧中に決まっているじゃないですか。だから、その時々の役割を考えてやっていくしかないですよね。

吉田 いまが楽しければいいんじゃないですか? もしつまらなくなったら、やめるか、変えるかすれば。

小高 僕はあまり出世欲もないですし、ゲームってやっぱり“会社のもの”じゃないですか。そんなことで生きていけるのかなって(笑)。

吉田 小高さんは大丈夫だと思いますよ(笑)。

──もう38年も生きてこられていますし。

小高 そうか。じゃ、あと2年ぐらいでいいか。

桜井 若い人はそういうことを言うものですよ。60歳の自分の姿なんて想像できないですし、そのころには死ぬと思っているものです。

吉田 ああ、そうですね。

小高 じゃあ、何とかなるってことですね! 最悪、ファミ通で雇ってもらえれば!

桜井・吉田 “最悪”って……(笑)。


■吉田氏の悩み 「まったく仕事をしたくない日があります。どうしたらいいでしょうか?」

──いままでどう対処されていたんですか?

吉田 半年に1回あるかどうかなんですが、心底やりたくないときはしません。会社も休みます。そのぶん、ふだんは人の3倍は仕事をしているので、「1日ぐらいいいじゃないか」と。休んでずっと映画を観たり、本を読んだりしますね。何度も自分で分析しましたが、なぜそんなに仕事がしたくなくなる日があるのか、さっぱりわからないんです。

──1日休めば復活できるんですか?

吉田 「しかたない」と思えますし、夜になると罪悪感でいたたまれなくなります。休んでいても、メールは容赦なくどっさり届きますので……。おふたりはどうしていますか?

桜井 自分はガマンして仕事します。

小高 僕は仕事がシナリオ執筆なので、気持ちが入り込まないと始まらないんですよね。だいたいいつもそんなにやりたくないですし。でも、やり始めるとノッてきますので。

吉田 僕だけダメ人間というオチですね(笑)。

小高 僕、大学受験のときにめちゃくちゃ勉強したんですよ。なのに、試験の1ヵ月前にまったくやる気がなくなってしまって……。

桜井・吉田 あとちょっとなのに惜しい(笑)。

小高 なんか、そういうことってあるんでしょうね。疲れきってしまったらダメなやつ、と言いますか。1日ぐらいサボるのがちょうどいいんじゃないですか? それが1ヵ月続いてしまうと、もう戻ってこれませんけど。

吉田 頻度はしょっちゅうじゃないですよ。半年に1日程度です。それが土日に当たればいいんですけどね。……でも、基本的に仕事が好きなので、土日もしてるんですが。

桜井 それは! きちんと休まれたほうがいいですね。温泉にでも行って(笑)。

小高 体が悲鳴を上げてNGサインを出しているんじゃないですか? 原始的なことをしないと、人間はやっぱりダメになりますよ。

吉田 確かにそうですね。じゃあ、めちゃくちゃな生活を少しずつ改めていきます……。

桜井 メールチェックしたらダメですよ。

吉田 でも、やっちゃうんですよねぇ……。

小高 できるだけ裸に近い格好で、文明から離れるというか、野生に返りましょう。

吉田 じゃあ、特攻服で。下は何もつけずに。

小高 まさに“特攻”という感じで(笑)。


■桜井氏の悩み 「悩みを抱えていても、絶対に相談しません。そうして苦しんでいるとき、わたしはどうしたらいいのでしょう?」

吉田 相談すればいいじゃないですか。僕に休めと言うのと同じことですよ(笑)。

小高 でも、僕も同じで相談できないんですよ。相談しているうちに、なおさら嫌になるんです。だから僕の場合は、寝ますね。悩んでいると寝つけないものですが、「自分は寝れば忘れる明るいタイプだぜ」と思い込んで(笑)。

桜井 つまりそれは自己暗示ですか?

小高 そうです。ウイスキーとか飲みながら、「この酒で忘れちゃうから!」と。

桜井 残念ながらお酒が飲めなくて……。

小高 そこはコーラでがんばりましょう!

──相談したくならないものですか?

桜井 したくないし、相談しても解決しないものです。企画書を書くときも相談しません。

小高 まったくもってその通りですね。僕も書き途中のシナリオは、自分でおもしろいと思えるまでは誰にも見せません。

桜井 見せてしまうと、自分の内圧が下がるんですよね。そこで満足してしまいそうで。

小高 圧が下がるのもそうですが、中途半端なものを見せて「つまらないやつだ」と思われたくないということもあります。悩みについても、人に話して発散したくても、打ち明けた相手のリアクションを想像して面倒臭くなると言いますか。同情されることを考えると、「やっぱいいや」と思ってしまうんです。

──吉田さんは、いかがですか?

吉田 僕は言うほうです。仕様書を書き上げたとき、ゲームって明確に答えがあるわけじゃないですから、A案とB案で悩むことがあります。自分では理由があってA案を選んだけれど、B案にしなかったリスクもあるわけで。それを声に出して人に相談していくと、自分の中でどんどん整理がついて解決できたりすることが多くて。相談された側は、「何で相談したの?」と思っているかもしれませんが。

桜井 ディレクターの中には、うまくキャッチボールできる人が近くにいることで、力を発揮する人もいますね。そういう相手がプロデューサーだとベストなのでしょうが、自分は毎回制作現場を変えていることもあって、なかなかそうはならないです。任天堂などからも、わりと一任されていますし。

吉田 なるほど。でも、一度話してみたらどうですか? けっきょく悩みは自分でなんとかしないと解決しないものですが、少なくとも声に出すことで突破口にはなると思うんです。意外と発見もあるものですよ。

●これからもお楽しみに!
──たくさんお話をしていただきましたが、そろそろお時間のようです。締めくくりに、読者の皆さんにひと言お願いします。

小高 桜井さんや吉田さんのコラムと違って、僕のコラムは本当に息抜きに読んでもらえればいいなと思っています。ファミ通の中でいちばんつまらなくて、ためにならないページを目指しています! 読んでも何の情報もないページを。あと5~6回がんばります!(笑)

桜井 わたしのコラムは連載期間が長くて、ファミ通の歴史全体の3分の1くらいになったようなんですが。求められる方がいる限りは続けていきたいと思いますので、これからもどうぞよろしくお願いします。

吉田 隔週連載でコラムを書く限り、ファミ通に『FFXIV』の情報を載せてくださるという交換条件で書いております(笑)。「もうそろそろお前はいいや」と言われるまで、打ち切りにならない程度にこのままがんばります!

2016年7月某日収録
撮影場所:StudioGovie(スタジオ・グービー)

最終更新:8/11(木) 16:42

ファミ通.com

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

失うことで不完全さの中に美を見出した芸術家
画家のアリッサ・モンクスは、未知のもの、予想しえないもの、そして酷いものにでさえ、美とインスピレーションを見出します。彼女は詩的で個人的な語りで、自身が芸術家として、そして人間として成長する中で、人生、絵の具、キャンバスがどう関わりあってきたかを描きます。 [new]