ここから本文です

「YAMAHA」のプールが、学校でどんどん増えていったワケ

ITmedia ビジネスオンライン 8月10日(水)7時37分配信

 「YAMAHA」という文字を見て、どのような製品を想像するだろうか。「そーいえば、ウチの電子ピアノに『YAMAHA』と書かれていたはず」「学生時代に乗っていたバイクは、YAMAHA製だったなあ」という人も多いのでは。このほかにもさまざまな製品にこのアルファベット6文字が記されているが、「えっ、それもYAMAHAだったの!?」という商品がある。例えば、学校のプールだ。

【歩きやすくなったプールを見る】

 学校のプールはどこがつくっていると思いますか? と聞かれても、ほとんどの人は考えたこともないので、うまく答えることができないはず。「うーん、ゼネコンかな」といった感じで。実は、ヤマハ発動機は40年以上前からプール事業を手掛けていて、2016年6月時点で20メートル以上のスクールプールを6000基以上も出荷しているのだ。

 「ヤマハ発動機」と聞くと、オートバイ、電動アシスト自転車、ボートなど、“動く製品”を想像すると思うが、なぜそのような会社がプールをつくっているのか。答えは「ボートやヨットの技術を応用しているから」である。ボートやヨットの船体に使用している素材「FRP(繊維強化プラスチック)」を使って、何か違う商品をつくることができないか? 水に浮かべるボートに使えるのなら、逆に水をためることにも使えるかもしれない――。こうした発想でプールをつくったところ、耐久性や安全が高く評価されることに。

 1970年代まで、学校のプールと言えば「コンクリート製」が主流だった。しかし、その後、安全性の問題などからコンクリートは避けられていく。代わって登場したのが、FRPやステンレスである。2015年の市場シェアをみると、FRPが54%、ステンレスが41%、コンクリートにいたってはわずか5%である。半数以上を占めているFRPプールの92%はYAMAHAブランドが占めているのだ(同社調べ)。

 当時の担当者は「プールをつくれば売れるだろう」と夢を描いていたのに、ほとんど売れなかった。しかし、いまやトップシェアを独走……いや独泳状態である。どういったきっかけで、YAMAHAのプールが広がっていったのか。同社でプール事業を担当している小川恭弘さんに話を聞いた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則。

●個人向けのプールは大苦戦

土肥: 取材前に、私の知り合いに「学校のプールってどこの会社がつくっているのか、知っています?」と聞いたんですよ。でも、正解率は0%。ほとんどの人が「そんなこと考えたこともない」と言っていました。なぜ、そのような答えが返ってくるのか。日本の場合、小学生……いや、幼稚園児もプールで泳いでいますよね。物心ついたときには「夏にはプール」といった感じで存在しているので、“プールは誰がつくっているのか”なんて考えたこともないのではないでしょうか。

 実を言うと、私も知りませんでした。ひょんなことから「ヤマハ発動機がプールをつくっている」ことを知ったわけですが、「ヤマハ発動機」といえば、バイクやボートのイメージが強いのですが、なぜプール事業を手掛けるようになったのでしょうか?

小川: 当社はボートやヨットが主力事業でした。しかし、1973年にオイルショックがあり、景気が悪化したことで主力事業のみでは生き残れなくなりました。そこで、会社は「新しい事業を始めなければいけない」という方針を掲げました。何がいいかな、何ができるかなと考えたときに、ボートやヨットに使用している素材「FRP」を使ってはどうかという話になりました。

 当時の経営陣のひとりが海外出張したときに、飛行機から住宅地を眺めていたんですよね。そのとき、個人宅のプールが目に入ってきました。「富裕層の人たちに、プールを提供できないか」とひらめき、FRPの技術を使ってプール事業を始めることにしました。

土肥: ちょ、ちょっと待ってください。狭い土地に住んでいる日本で、家にプールを所有している人なんてほとんどいませんよ。米国のセレブではないんですから。

小川: ボートやヨットを所有している人は富裕層が多い。そうした層にプールを勧めてみてはどうか、ということで事業がスタートしました。ですが、なかなか売れませんでした。

土肥: ほら、やっぱり。

●1978年に第1号を納入

小川: 「どうしよう」「何かいい手はないかな」と悶々としていたときに、ある社員の知り合いに幼稚園の園長さんがいました。当時、幼稚園で使われていたプールは、ビニール製が主流でした。その園長さんから「幼稚園にプールの話を持ち込めば、売れるのでは?」というアドバイスをいただき、幼稚園を回ることにしました。プール事業を始めてから3年の月日が経って、ようやく売れました。

 次に小学校でも売れるのではないかという話になり、小学校向けのプールにもチカラを入れることになりました。当時、小学校にあるプールといえば、コンクリート製が多かったんですよね。で、「FRPは安全性が高いですよ」といった点をアピールしたところ、1978年に第1号を納入することができました。納入してから40年近くが経ちますが、そのプールはいまでも使われているんですよね。

土肥: 経年劣化で素材にヒビが入ったりしないのでしょうか?

小川: FRPは軽くて丈夫な素材なんですよ。ボートやヨットの船体に使われているくらいですから。

土肥: なるほど。その後、順調に売れていったのでしょうか?

小川: コンクリートのプールはシェアを落としていきました。なぜか。クラック(ひび割れ)ができやすくそこから漏水する、ザラつきがあるのでケガをしやすい――といった理由から徐々に違う素材のプールが増えていきました。ただ、戦前につくられたコンクリートのプールは頑丈なんですよね。たぶん時間をかけてつくられたのでしょう。一方、戦後につくられたプールはちょっと……。

土肥: ベビーブームがあったので、学校が増えていき、プールも増えていった。そんな時代だったので、いわゆる“突貫工事”が多く、耐久性などに問題があったのかもしれませんね。

小川: ですね。

土肥: コンクリート、FRP以外にどんな素材のプールがあったのでしょうか?

小川: アルミや鉄がありました。しかし、いずれも錆(さび)やすいので、いまではほとんど使われていません。その後、錆にくい素材としてステンレスのシェアが高くなっていきました。現在の市場をみると、FRPが54%に対して、ステンレスが41%。

●高いシェアを維持している理由

土肥: FRPの素材を使っているメーカーの中で、ヤマハ発動機は9割のシェアがあるんですよね。なぜ、そんなに高いシェアを維持しているのでしょうか?

小川: バイク、ボート、ヨットをつくる輸送メーカーなので、プールを設計する考え方も同じなんですよ。安全第一。当時、「過剰ではないか」「そこまでやらなくてもいいでしょ」と指摘されるくらい、安全第一の設計をしていました。例えば、吸い込み口。

土肥: プールには必ずありますよね。ものすごい勢いで水が吸い込まれるので、その付近で遊ぶ子どもも多い。

小川: なぜ吸い込み口があるのか。汚れた水をろ過機に通して、きれいな水を供給するために必要なんですよね。昔につくられた他社のプールは、吸い込み口が1カ所しかありません。四角いマスがあって、そのマスを外せば吸い込み口がある。そこに足をつけて、吸い込まれる感覚を楽しむ子どもが多かったのではないでしょうか。

土肥: はい、すみません……やってました。

小川: 吸い込み口が1カ所だけだと、どうしても吸い込む圧力を強くせざるを得ません。そこで当社は、吸い込み口を複数設置して、圧力を分散させることにしました。

 あと、吸い込み口はプールの底にペタっと設置されているモノが多かったのですが、当社はL字タイプにしました。側面から底にかけて設置することで、吸い込まれにくくしたんですよね。さらに、吸い込み口にも格子を設置しているので、事故を防ぐことができたのではないでしょうか。

 吸い込みの事故は、残念ながら現在でも年に数件起きています。しかし、当社のプールでの事故は、これまで1件もありません。

土肥: おお、それはすごい。

●安全、安全、また安全

小川: 安全第一の設計は吸い込み口だけではありません。FRPという素材の特徴を生かして、プール全体に突起物がない設計にしたんですよね。コンクリートのようにカドがないですし、ステンレスのように尖っていない。例えば、ハシゴ。水の中に入るためにハシゴが設置されているプールがありますが、当社のプールにはハシゴがありません。FRPは特殊な形状にすることができるので、プールの中に足の踏み場をつくりました。つまり、突起物がないので、ケガをしにくいということです。

土肥: 安全、安全、また安全。

小川: まだまだ続きますよ(笑)。プールサイドを歩いていて、ツルっとすべりそうになった経験はないでしょうか。FRPをそのまま敷き詰めるとスベってしまうので、危ない。そこで、滑りにくいように表面加工をしているんですよ。ちょっとザラザラしていて。表面加工をしているのはプールサイドだけではなく、スタート台の表面など、人が歩く可能性のある部分はザラザラにして、できるだけ滑らないような設計にしました。

 「滑りにくい」ということは「歩きやすい」ということ。この特徴を生かして、新しい形のプールを提供するようになりました。

土肥: どのようなプールでしょうか?

小川: フィットネスクラブが増加していく中で、ウォーキングやアクアビクス専用のプールをつくることに。どのようなモノなのかというと、表面加工をしたFRPをプールの底に設置することで、「お、なんだかフィットするなあ」といった感覚にしました。要するに、歩きやすくしたんですよ。

土肥: 滑ってもただでは起きない、好事例ですね。安全第一なプールがウケて、多くの学校に導入されていったことはよーく分かりました。ただ、どこを見れば「このプールはYAMAHA製だなあ」と分かるのでしょうか? 

広報のKさん: プールサイドを見ていただけますでしょうか。型押しで「YAMAHA」というロゴがあるんですよ。プールと同じ色をしているので、見つけにくいかもしれません。

土肥: ひ、控えめですねえ。バイクなどのように、堂々と「YAMAHA」と書いてもいいのでは?

広報のKさん: 公共事業の仕事が多いので、あまりメーカー名を目立たせるのはよくないのでは……という考えがありまして。ただ、最近はもう少し目立ったもいいのでは、ということで、「文字の色を紺色にしてみては?」といった議論もあります。

土肥: ひ、控えめですねえ。学校のプールでは「どうだ、YAMAHAだ」といった感じで主張するのはよくないかもしれませんが、スポーツジムのプールであればいいのでは?

広報のKさん: ですね。これまで学校での導入が多かったので、「型押しで同じ色でなければいけない」という考えしかありませんでした。

●安全と楽しさを両立させて

土肥: その控えめ体質で、ちょっと損をしている部分もあるのではないでしょうか?

小川: これまで四角のプールを中心につくってきたので、アトラクション用のプールが少ないですね。スライダーもつくっているのですが、いわゆる“絶叫型”のモノは海外メーカーが強くて……。

土肥: なぜつくらないのですか?

小川: 「スライダーの傾斜角度はこれくらいで」といった形で、他社と比べて安全基準が厳しいんです。プールをつくる際には「安全」を最優先にしてきたので、絶叫型のモノをつくるのが難しかったのかもしれません。でも、多くの人が楽しめるようなプールをつくることができればなあと思っています。例えば、一カ所に水がたまっていって、その水がバシャーンと落ちてくるモノがありますよね。あーいうのも海外メーカーが多いんですよ。

土肥: え、でも、そんなに危険ではないですよね。ただ水が落ちてくるだけ。

小川: そーなんですよ。繰り返しになりますが、これまで四角のプールを中心につくってきた、安全を最優先にしてつくってきた、そーした文化が会社に根付いているので企画することができなかったのかもしれません。ただ、これからは安全と楽しさを両立させて、これまでにないプールをつくっていきたいですね。

●年間250基ほど売れている

土肥: 最後の質問です。プールっていくらくらいするんですか?

小川: 当社のプールはちょっと高くて……。

土肥: いくらですか?

小川: サイズによって違うのですが、長さ25メートル、レーンが6つあるとして……1800~2000万円くらいですね。

土肥: 年間どのくらい売れているのですか?

小川: 250~260基くらいですね。

土肥: 少子化の影響で苦戦していると思いきや、平日にどこかで1基はつくられている計算になりますね。

(終わり)

最終更新:8月10日(水)16時34分

ITmedia ビジネスオンライン