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ジブリ鈴木敏夫P、消えた伊藤晴雨の幽霊画「返して」

オリコン 8月10日(水)20時5分配信

 スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーが10日、東京・両国の江戸東京博物館であす11日から始まる企画展「伊藤晴雨 幽霊画展」「山岡鉄舟生誕180年記念 山岡鉄舟と江戸無血開城」の内覧会に出席した。鈴木Pは「幽霊画展」を提案した張本人であり、「晴雨に対する世間の評価をひっくり返したい」と思いを語った。

【写真】企画展で展示される幽霊画「皿屋敷のお菊」

 東京・谷中にある全生庵は、江戸無血開城に大きな役割を果たした山崎鉄舟によって明治16(1883)年に建立された臨済宗の寺。鉄舟と親交のあった落語家・三遊亭圓朝の墓があり、怪談噺(ばなし)を得意とした圓朝が集めていた幽霊画のコレクションが寄贈されていて、毎年8月、圓朝忌(命日の8月11日)をはさんで、一般公開を行っていることでも有名だ。

 幕末から明治の幕臣・政治家の山岡鉄舟。大正から昭和にかけて活躍した伊藤晴雨。本人同士に接点はないものの、ゆかりの品が全生庵に収蔵されている点でつながっており、偶然が重なって今回の同時開催に至ったという。

 江戸東京博物館の藤森照信館長、全生庵住職・平井正修氏と3人で「全生庵とゆかりの品々」をテーマに鼎談を行った鈴木Pは、晴雨の画家としての魅力を熱弁。責め絵(過激な描写の女性像)でその名が世に広まり、「僕も偏見あった」という鈴木Pだが、全生庵で彼の幽霊画を目にしたとき、リアルで鮮やかな筆さばきに魅了された。「図録がほしくなって、図録を作るために展覧会を提案した」と裏話も披露していた。

 今回の企画展では、全生庵所蔵の晴雨の幽霊画19点すべてを観ることができるが、落語家の5代目柳家小さんから寄贈された時は20点あったといい、「いつの間にか1点、失くなってしまったそうで。(あの世に)逝ってしまったのか、誰か手助けしたのか…。先代の住職が務めていた頃のことなので写真も残っておらず、どんな幽霊画だったか、いまとなってはわからないのですが…」と平井住職。鈴木Pも声を合わせて「消えた1枚、返してください」と呼びかけていた。

 企画展「伊藤晴雨 幽霊画展」「山岡鉄舟生誕180年記念 山岡鉄舟と江戸無血開城」は8月11日~9月25日まで開催。

最終更新:8月10日(水)20時13分

オリコン

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

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昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。