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【ロングレポート】音楽フェスの力を証明した20回目のフジロック

BARKS 8/11(木) 10:48配信

7月22日、23日、24日の3日間にわたり、20回目のフジロックが苗場スキー場で開催された。この「20回」という大台も、単なる数字とみなすこともできるだろう。だが3日間を現地で過ごし、最早この先もなくてはならない音楽フェスになり得たフジロックの姿を目のあたりにしたことで、やはり感慨深さを覚えてしまったというのが事実だ。メジャー史上30人目の3000安打を達成したイチローをみんなが無条件に称えたように、と言ったら大げさかもしれないが、それくらい今年のフジロックにはお祝いムードが漂っていて、それはいかにフジロックが国民的な夏の風物詩であるかを物語っていた。

◆<FUJI ROCK FESTIVAL'16>画像

初年度の1997年の出演者を交えたアーティスト・ラインナップからはもちろん、たとえば前夜祭のトリとして出演した謎のバンド「NON STOP PUNK」が、浅井健一、奥田民生、甲本ヒロト、そしてルースターズからなるスーパーバンドであったというサプライズも、20回目ならではだろう。昨年度の快晴っぷりから、今年のフジロックはまた雨風の洗礼を受けるのではないか?とひねくれた予想を個人的にはしていたのだが、フタを開けるとまるで青空続きの3日間で、大自然までもがこの20thを称えているようだと思えた。

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初日7月22日(金)の午前10時30分。入場ゲートは、自撮りだったり他人に頼んだりと、とにかく写真を抑えようとする人で大混雑。けれど、はしゃぐ他人の笑顔につられて気分がよくなるという、都心との逆転現象が起こる。むしろこの20回目のフジロックのはじまりをSNSでみんなにぜひ伝えて欲しい、と情熱的な気分にさえなった。そしてICチップ入りのリストバンドを観察しつつ晴天の中を歩いてゆくと、忌野清志郎の「田舎へ行こう!」のBGMが聴こえてくる。道行く人はフジロックのテーマソングとして作られたこの曲を口ずさみながら、グリーンステージにどんどん流れていった。

フジロックは何度来ても日常から逸脱した異世界を確実に味わえるが、初日のグリーンステージの一番手という今年のフジロックの顔とも言うべきタイミングで登場したボアダムスの演奏は、それはそれは越境を果たしたような気分にさせてくれた。いま振り返ると、ボアダムスほどの適任者はいなかっただろう。3人を取り囲む金属棒を揺らし鳴らされるなんともホーリーな音色が、僅かずつ重なっていくというシーンからライブは始まった。いつの間にかオーディエンスは広大な音に包まれ、EYEによる“歌唱”というより“ボイス”に近い野太い野性的な声、そしてツインドラムが圧倒していく。先鋭的かつワイルド。いわゆるポップミュージックと比べると難解と言えるが、五感はみるみるうちに冴えていく。ボアダムスらしいなぁとニヤけながら悦な表情を浮かべる人、あっけにとられている人、変拍子に独自のノリ方で一心不乱にダンスする人、と誰もがとにかく平等に自由に音楽を浴びていたことは言うまでもないだろう。この時点ですでに、どうしようもないほど「フジロックに来た感じ」がした。

フジロック初年度でも熱演を果たしている彼らで幕を開けたグリーンステージにこのあと続いたのは、ビッフィ・クライロ、ジェイク・バグである。彼らのような世界的ビッグネームが早い時間から登場するという事実には、やはり20周年のスペシャル感を覚えた。フジのグリーンはいつもそれくらい充実しているよ、と思う一方で、こうして「20周年」の文字が無意識のうちにふと頭をよぎるのは、我々参加者側がいかにフジロックの20周年をめでたく感じているかという心理の表れなのかもしれない。フジロック3度目にして99年の苗場初年度の開催後、参加者が最寄りである越後湯沢駅のゴミまで持ち帰ったというのは有名なフジロック伝説のひとつだが、「フジロックは私達のもの」「俺達が守るべきフジロック」という連帯感や共通認識があるのだ。これほど愛される音楽の祭りは、無二である。

だが、そもそもフジロックの魅力は、メインステージだけで名演が行われているわけではないことにある。初日、紅白のストライプのワンピースでピーカンの15時過ぎのフィールド・オブ・ヘブンに登場したのはUAだ。ただでさえ地面から数センチ足が浮くような楽園にして僻地・ヘブンという環境とのマッチングはすばらしかった。惜しみなく放たれる陽性のエネルギー、「ありがっとぉ~!!」といった曲間の挨拶や明け透けでチャーミングなMC、そして説得力のかたまりのような歌唱力。新曲を交えながら「情熱」「ミルクティー」「黄金の緑」といった名曲を歌う彼女の壮大な歌声は、非常に多幸感に溢れたものだった。しばらく都会での生活を乗りきれそうな充電をした。

このヘブンのバンドと言えば、もちろんROVOだろう。2日目、ボードウォークをテクテクと歩きながらヘブンへ向かっていると彼らのコズミックな響きが漏れ聴こえてきた。このまま森林浴をしながら聴いていてもいいくらいの充足感がすでにある。いつも不思議に思うのだが、たとえば都内のライブハウスの場合だと無意識のうちに我先にとステージへ急ぐところが、フジロックでは会場にいることで満たされている自分がいる。そしていざ目の前に現れた会場では、演者と客との間合いがピッタリと合った絶好調の光景がもうできあがっていた。ともに、祝20年を迎えるフジロックとROVO。そして、ROVOのフジロックといえばヘブン。踊り狂うお客さんはもちろん満足気だったが、何かを確信するように時折り客席へ向けられる勝井祐二の眼差しにも大きな充実感が宿っていた。オカルトチックな物言いは避けたいが、見えない何かが強く交信された特別なライブだったと思う。

ちなみにROVOの帰り道、まさに森の中のステージである「木道亭」で藤原さくらが弾き語りライブを行っていた。シンデレラ・ガールのごとき注目度の彼女だ。その姿をひと目でも目撃しようとジャンプしたりする人もいるほど大盛況だった。その顔つきはまだあどけなく歌声はリラックスしたもので、それがかえって彼女がいかに肝の座ったシンガーかをよく伝えていた。

こうした予期せぬ出会いはフジロックの醍醐味であるが、個人的なそれは、3日目、BABYMETALのために早めに移動して観ることができたROBERT GLASPER EXPERIMENTと、もうすぐ終わってしまう今年のフジロックがあまりに名残惜しかったのだろうか、なぜか最果てのORANGE CAFE(=旧オレンジ・コートエリア)やCafe' de Parisをただ拝みに行ったその帰り道(笑)、ホワイトに立っていたExplosions In The Skyだ。特にExplosionsは、夜20時過ぎの肌寒さと相まって、彼らのソリッドな音像が極限まで研ぎ澄まされていくようで、幽玄な紫色の照明もその荘厳な空気感を助長していた。それとベックの後にレッド・マーキーで観たクーラ・シェイカー。彼らもデビュー20周年というタイミングという前情報があったせいもあるけれど、名曲の名演に純粋に何度もグッと来るという素敵な体験ができた。

また、キャンドル・ジュンのプロデュースによるPYRAMID GARDENでは、1日のスタートに相応し過ぎるほど相応しかったAM10:30からのCaravan & GOMAや、打って変わって神聖な世界が広がる深夜の原田郁子など、フジロック随一のチルの場はそっと深くその存在感を広めていたことも印象深い。他にも、野田洋次郎(RADWIMPS)、細美武士といった豪華なアーティストの演奏を親密な空間で体験できるという希少性もこのステージならではだろう。

昨年のフジロックの大きな変化といえば、他エリアとの音のぶつかり合いによってオレンジ・コートが廃止されたことだ。そしてこの跡地にできたORANGE CAFEは、今年のエポックのひとつだったと思う。なにせ、フジロック初の屋根付きフードコートが誕生したのだから。開催前にそのアナウンスを耳にしイメージした際は正直違和感を覚えたが、私が現場で見かけた時は、屋根の下に人がギッチリというよりは、地べたに座る人もいれば、ウロウロと辺りをさまよっている人もいる、というそれぞれの居場所の選択肢のうちのひとつに過ぎないように映った。例えばこの屋根付きの施設が、入場ゲート直後やオアシスエリアに出没していたらフジロックらしさは途端に色あせてしまっていたかもしれない。だが奥地という環境であるし、それにこれほど子供連れが増えた状況を踏まえるととても自然な変化のように感じられた。

かつてないほどファミリーでの参加が多かった年だと思う。これもまたお天気に恵まれたところが大きいだろうが、ベビーキャリアに収まってイヤーマフをつけている子やまだ乳飲み子の年齢の子もいた。子持ちの元フジロッカーは、20回目というタイミングに再び一念発起したのか、オールナイトフジの復活に引き寄せられたのか、もしくはキッズランドの充実を聞きつけてフジロックへ戻ってきたのだろうか。理由は様々だろうが、とにかく子どもをよく見かけた。そう言えば、このキッズランドやキッズの森のプレーパークに関しては、キッズ感のまったくない層も「え、なになに?」と食指が動いてしまうほど賑わいを見せていた。

フジロックで子どもが小川やアスレチックで広々と自由に姿を見ると、たとえばこの子達が普段は都会ぐらしだったとして、これだけ無制限に遊べる場所、しかも大人のほうもリラックスして遊んでいる場所で存分に過ごせているのだろうかと邪推してしまう。それに、パレス・オブ・ワンダーのオブジェや、岩に眼が描かれたアート“ゴンちゃん”に近寄ってじっと見つめる子どもの姿もあった。大人にとっての解放区であるフジロックは、今や子どもにとっての解放区にもなっている、という説もそれほど的はずれではないのかもしれない。

さらに参加者の層に関して深掘りしていくと、今年のフジロックは中学生以下を無料(要保護者)とした。次第に淘汰されると言われながらも、数年前からのフェスブームは今もなお続いている。だが、フジロックで出会うようなロックミュージックや洋楽に触れられる音楽フェスは多くない。若者からすれば、最早こういう類の音楽はマニアックなジャンルだろう。けれど、だからこそ、ヨーロッパやアメリカといったいわゆる洋楽の音楽にとどまらずに、世界中の音楽を紹介するというテーマを掲げるフジロックには、若者にこそ来てもらいたい── “中学生以下無料”の制度からは、そんな主催者側のメッセージを勝手に受け取っている。もちろんこの制度によって、今や立派な家族の長となった元フジロッカーや現フジロッカーが、家庭から抜けがけしてやってくるのではなく、家族で仲良く遊びに来られたというケースもあっただろう。ORANGE CAFEの新設を含めて、20年という時の流れに対するこうした改変は、20年続いてきたフジロックならではの、“状況”に対する呼応であり進化だと思う。

また今回は、ジプシー・アバロンでおこなわれるアトミックカフェ・トークにSEALDsの奥田愛基が出演することが開催前に賛否を呼んだ。それだけ奥田氏が有名でシンボリックな存在だから起きた現象だが、「音楽に政治を持ち込むな」という声は、さも音楽が生活に根ざしていないかのような矛盾を孕んだ意見だという見方もあった。フジロック・フェスティバルは、ロックフェスだ。音楽の中でも、とりわけ“立ち上がる”のがロックであるが、世の中ではいま、楽しく盛り上がったり騒いだりできる音楽が重宝されていることを痛感せざるを得ない騒動でもあったと言える。実際の現場では、奥田氏への反対意見を持つ一人の観客が激しく持論を展開し、一種の盛り上がりを見せた。互いの意見の内容云々の前に、人気者によるライブステージが用意されているだけの音楽イベントでは決してなく、多面的な成り立ち方をしているフジロック像が改めて浮かび上がった場面だと感じた。

BARKSではこの初夏より、“敷居が高い”とも言われるフジロックの実体を解明すべく特集を組んできたが、これほど確固たるマインドを持つフェスの敷居が高いのは当然だ、というのが3日間を体験したひとつの結論だ。ここで言う“敷居の高さ”とは、“意識の高さ”とも言い換えられるだろう(もちろん、あの“意識高い系”という、人を嘲笑するネットスラングのほうではなく、中身を伴った進歩的な意)。普段の都会生活では相手にする余裕も機会もない“自然”と対峙すること、それに付随する環境問題や社会問題を自発的に意識すること、赤の他人と大地を共にすること、本能を取り戻すこと、音楽やアートの新しい価値観に出会うこと、そして、(これが一番むずかしいことかもしれないが)自己解放をする場がフジロックである。各人の事情も重なり、現代社会においては困難なそういったさまざまな大義に触れられるチャンスに満ちているのがフジロックである。

さて、ライブアクトに話を戻したい。今年のフジロックのグリーンの各日のトリは、シガー・ロス、ベック、そしてレッチリという超ビッグネームであったが、ホワイトステージのトリのブッキングに対する評価も高かった。

まずは初日のディスクロージャーだ。あの宇宙ステーションのような半円型のセットが神々しいほど、ふたりは洗練され自信に満ち、そしてプロフェッショナルだった。しかも、「ニホン、ダイスキ!」とフランクに呼びかけたりと、あくまでもオープンマインド。歌い・弾き・叩くという生演奏の躍動に当たり前のように観客は沸き立ち、歌のフレーズの合唱が起こるほど私達を無邪気に踊らせ楽しませた。

ブレイクビーツというより、造っちゃ壊し造っちゃ壊しの繰り返しのようなスクエアプッシャーの創造的なプレイは、一般的なリスニングミュージックとはかけ離れたもので、こんなに各所から「変態だな~!」という称賛の声が聞こえてくるライブは初めてだったほど。完全に、感化の連続だった。自らもプロジェクション・マッピングの一部と化すべく真っ白いスーツを着衣した彼のステージは、スーパーエレクトロとでも言いたくなるような総合的な電子芸術であった。

そして3日目のバトルス。ザックリ言うと、ひたすら中央でドラムを叩き続けるジョン、そして細かく音を構築していく2人という3人が作り上げていくライブだったと思うが、その微塵も落ちない集中力と体力にとにかくあっけにとられた。1時間半の演奏を完走した瞬間、なんだかホワイトにいる全員が達成感を覚えたような激走であった。

思わずこのホワイトにしばらく居続けたのが、初日のKOHH~Suchmos~THE INTERNETの流れだった。これほどブラックミュージックの最前線の空気を吸い込めるアクトが次々と登場する機会は稀有だと思ったからだ。地元である東京・王子の友達を大勢ステージに誘い入れたKOHHからは今の彼の勢いや異端児っぷりが感じられたと共に、Suchmos、THE INTERNETからは洗練と気品を備えた上で胸を揺さぶってくるエモーショナルなパフォーマンスに、時代性を観た。なんだか、人生の階段を一段階くらい引っ張りあげられたようなクールなこの数時間は、東京に戻ってきて日が経った現在もその感覚が残っている。

だがホワイトの注目度と言えば、やはり3日目のBABYMETALだろう。もちろん、ところ天国とホワイトを繋ぐ橋には大渋滞が起きた。ちょうど厚い雲に覆われ小雨がパラつくという、どこかしら「逆境」みたいなものをイメージさせるシチュエーションも加味したのだろう、3人は強い意志そのもののようなオーラを宿しステージに現れた。世界レベルという称号に最早疑いの余地がないのが今のBABYMETALだと思うが、フジロックにおいては異色のブッキングだ。だが、ステージ上の超人芸の如きバンド演奏からも、微塵の隙もなく動き続ける3人の劇場型のパフォーマンスからも、このプロジェクトが世界レベルであることを瞬間的に教える完璧な内容だった。また、お決まりのタイミングで生じた巨大サークルピットがビジョンに映ると、フジロックのお客さんにとっては新鮮なのだろう、「あ、あれがサークルかぁ」と素朴な感想が聞こえてきてなんだか微笑ましくもあったのを覚えている。普段、無意識的にでも意識的にでも自分に作られている音楽の趣味というボーダーラインも取っ払ってくれるのがフジロックであるが、自由な音楽の聴き方にある豊かさが特に感じられるのが今年のラインナップであったと思う。

それはもちろん、八代亜紀・仲井戸”CHABO”麗市・奥田民生・トータス松本を迎えた“ROUTE 17 Rock'n'Roll ORCHESTRA”も然り。話題を呼んだ「舟唄」はじめ、ブルースあり、RCあり、そして、デヴィッド・ボウイ、プリンス、モハメド・アリの追悼をおこなったステージは凄まじくカラフルで、音楽ジャンルや時空を超えた演奏は、まるでみんなにとっての人生讃歌のように感じられた。そして、“FRF 20th SPECIAL G&G Miller Orchestra”という総勢18名のスウィング・ジャズのオーケストラもまさにスペシャルだった。ゲストシンガーに加藤登紀子、曽我部恵一、EGO WRAPPIN’中納良恵を迎えた20回目ならではの舞台に向けて、ベックのライブの終了後というタイミングでも人がしっかりと残っていたのが印象的だ。

SMASH日高氏が、今年のフジロックは“寝ない”がキーワードだと富士祭電子瓦版で明言しているのを目にしたが、実際そうでした。金曜日の深夜のレッド・マーキーでは、D.A.N.、MURA MASA、SOPHIEという絶対にいま観ておきたい流れが組まれているわ、復活したオールナイトフジがその時間帯にはすでにはじまっていて、ORBITALのDJ SET、KEN ISHIIらが出演していくというタイムテーブルだわ……。嬉しい悲鳴と言うと聞こえはいいが、対自分会議はなかなか決着せず、そもそも、WANIMAや踊ってばかりの国など午前から観たいものが詰まっている次の1日をどう過ごせばいいのか?という難題も抱えることになったのである。現地で決めよう、きっと閃くものがあるだろうと高をくくっていた自分が前日にいたことを思い出してみても仕方ない。次の日もその次の日も食べることになるオアシスエリアの「うみの」のモツ鍋ちゃんぽんを食べながら、限界が来るまで彷徨おうという結論に結局は達したのだが。ちなみに、懲りずに翌日もKILL THE NOISE~BAAUER~TODD TERRYでも眠らないレッド・マーキーを堪能した。

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そして3日目、退場ゲートには“SEE YOU IN 2017!! 7/28fri.29sat.30sun”の文字が掲げられた。フジロック期間中や終了直後のSNS上では、たくさんの参加者が「フジロック最高」とめいっぱいに謳歌し、キャリアのある音楽ジャーナリスト陣が「凄いものを観た」と感激し、著名人も音楽ファンとして無邪気に現場を楽しむ光景が展開されていた。今はただ、1年後にフジロックが開催されることに無常の喜びを覚えるとともに、晴れ続きのフジロックの3日間に身を置くと砂埃という大敵が現れることも、(至って当たり前のことで恥ずかしい限りだが)アウトドアの知識として養ったのであった。

とにかく、こうして20回目のスペシャルをたくさん届けたフジロックは、そして毎年ごとに表情を変え留まることを知らずに進み続けて来たフジロックは、またどんな驚きと感動と夢を観せてくれるのだろうか。孤高にして偉大なこれまでの道のりがあらわになったと共に、その充実っぷりから未来への期待を抱かせてくれた2016年のフジロック体験だった。

取材・文=RYOKO SAKAI

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<FUJI ROCK FESTIVAL'16>
2016年7月22日(金)23日(土)24日(日)
@新潟県 湯沢町 苗場スキー場

最終更新:8/11(木) 10:48

BARKS

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