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体操界新星「野生児だった」 白井建三選手の父・勝晃さん手記

カナロコ by 神奈川新聞 8月10日(水)7時0分配信

 リオデジャネイロ五輪の体操男子団体総合で日本が3大会ぶりの金メダルをつかんだ。初の五輪となった岸根高出身の白井健三選手も、跳馬と床運動で圧巻の演技を披露して大きく貢献した。19歳にして頂点を極めた体操界のホープを支え続けてきた父、鶴見ジュニア体操クラブ(横浜市鶴見区)を経営する勝晃さん(56)が神奈川新聞社に思いを寄せた。

 健三の小さい頃からの夢がかなった。本当にうれしい。体操のメダルはやはり個人よりも団体。健三には少しでもその力になってほしいと思っていた。

 思い返せば小さい頃はやんちゃな野生児だった。言うことを聞かず、あちこちをふらふら。ただ、観察能力はずばぬけて高かった。

 映像で見た内村(航平)君のまねをし、高難度の技をマットの上ですぐ決めていた。見ただけで全てができる。だから、彼に対して正論はいらなかった。

 ひねり技について研究している大学教授が何人かやってきたが、3回ひねりはどうやるのと聞かれると、健三は「ぐっとやると3回、ぐぐっとやると4回ひねりだよ」と答えた。感覚の世界。それを深いところでお互いに分かり合えるのが内村君だった。

 2013年に種目別床運動の世界王者になり、自分の理論の正しさを結果で証明した。それでも、健三は「まだやることがあるから体操は楽しい。他にも5種目もあるから」と言ってのけた。体操に床しかなければ、彼は行き詰まっていただろう。あれだけ人の言うことを聞かなかった子がここまでになった。体操という競技は人をどんどん変えていってくれる。

 僕は健三を単なる天才だとは思わない。競い合える仲間がいたし、競技に触れる時間が長かった。食事の時間も惜しみ、菓子パンをかじりながら体育館で1日中、練習に明け暮れた日もある。

 スポーツ選手が一流に育つには10万時間の練習が必要といわれている。1日6時間の練習だと45年くらいかかる。アスリートとしてわが子が輝く姿をこの目で見届けたいという気持ちもあり、背中を押してきた。

 とはいえ、ここが通過点であることを忘れてはいけない。4年後の東京五輪に向けて、この経験をつなげてほしい。誰からも認められるエースになるための布石を内村君から伝授してもらい、突き進んで、全うしてほしい。私たち家族はこれからも背中を押し続ける。一生涯、応援する一員であり続ける。

 しらい・まさあき 鶴見ジュニア体操クラブ代表。宮田中-横浜商高-日体大。1983年に鶴見女子中・高(現鶴見大付中・高)の器械体操部監督に就任。全国高校総体で13度の入賞に導き、国体の少年女子監督としても2度の優勝に輝いた。長男、次男、三男の健三選手はいずれも体操選手で、幼い頃から指導してきた。横浜市保土ケ谷区出身。56歳。

最終更新:8月10日(水)7時0分

カナロコ by 神奈川新聞