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やっとわが家で暮らせる 笑顔、戻った 福島県浪江町

日本農業新聞 8月11日(木)7時0分配信

 やっと、暮らせる――。東京電力福島第1原子力発電所事故によって全町避難を余儀なくされた福島県浪江町で、8月に入り、農家を対象に宿泊滞在が特例で認められた。申請すれば、住み慣れたわが家で暮らせるようになり、営農再開に向けた作業に専念できる。農家は、かつて当たり前だったことができるようになった喜びでいっぱいだ。11日で東日本大震災から5年5カ月。

農業再生へ加速

 「やっぱり、自分の家はいいなあ」。浪江町の農家、原田登さん(85)と妻の良子さん(76)は8日、約5年ぶりに自宅の畳に腰を下ろし、ほっとしたような笑顔を浮かべた。原田さんは、除染後の農地約60ヘクタールを維持管理する高瀬農事復興組合のメンバーの一人。原発事故の影響を受け、県内外で避難生活を続けてきたが、やっと自宅で「暮らせる」ようになった。

 これまでも組合の除草などに参加するため町内に入ってはいたが、日中は作業に追われ家に立ち寄ることが難しかった。これからは自宅を拠点に農地保全に参加できる。「人が戻らなければ町の再生はない。ここで、しっかり農の営みを再生させないと」と意気込む。

避難区域 農家に宿泊滞在を許可

 宿泊滞在の特例は、本格的な営農再開を目指して「日中だけでなく朝夕も農作業をしたい」という農家からの要望を受け、今年4月、浪江町が国に要請していた。

 国は、今月5日から居住制限区域と避難指示解除準備区域内の農家を対象に、特例で宿泊滞在を容認。原田さんなど約70人が申請した。

 町内では既に、除染後の農地管理を担う農事復興組合などが計42.7ヘクタールで米や野菜、花きの試験栽培を始めている。花は一部で出荷が始まった。

 約20アールでトルコギキョウを栽培し出荷するNPO法人Jinの代表、川村博さん(60)も、宿泊滞在する予定だ。「早朝の収穫ができるようになり、1日当たりの出荷量を増やすことも期待できる」と先を見据える。

 これまでは避難先の南相馬市から毎朝5時に家を出て、車で30分近くかけて町内のハウスに通っていたが、今後はハウスに隣接する作業所で暮らしながら、盆の需要に合わせて出荷に力を入れる考えだ。

 数年後には1ヘクタール程度に生産規模を拡大し、「花で雇用を生み、稼げる農業にして若い人に定着してもらいたい」と願いを込める。

担い手確保 鍵に

 ただ、依然として解決できない課題もある。地域農業の未来を担う担い手が町に戻ってこないのだ。

 町が15年度に実施した町民アンケート調査では、「浪江に戻りたい」と答えたのはわずか17%だった。町は「宿泊許可をきっかけに農家の負担を軽減し、農業再生につなげたい。ただ、担い手をどう確保するかは今後の課題」(産業振興課)と話し、復興の姿を描けないままだ。(日影耕造)

日本農業新聞

最終更新:8月11日(木)7時0分

日本農業新聞