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河島英五さん没後15年、亜奈睦との親子初デュエットが東京で実現へ

MusicVoice 8月11日(木)15時48分配信

 河島英五さん没後15年の命日にあたる4月16日に大阪でおこなわれたコンサートが9月10日に、東京・新宿FACEで、「あれから15年。父の唄を、娘が歌う。」と題し、『河島英五&河島亜奈睦スペシャルコンサート2016~生きてりゃいいさ~』として開催される。

 東京では初となるこの河島英五トリビュートコンサート。河島英五さんの生前の歌唱映像と、息女・河島亜奈睦(あなむ)の生の歌唱で、親子初デュエット曲「生きてりゃいいさ」を披露する。まさに、“和製アンフォゲッタブル”とも言える奇跡の親子共演の実現である。

 このアンフォゲッタブルは、故ナット・キング・コールさんが生前に歌った音源と、娘ナタリー・コールさんの生歌唱のオーバーダブによる「共演」が大きな話題を呼び、1992年のグラミー賞「ソング・オヴ・ザ・イヤー」を獲得した名曲だ。

 また、スペシャルゲストには、河島英五さmんにゆかりがある、押尾コータローが決定。2016年4月13日に発売した2枚組アルバム『セルフ・アンド・カバー2016~生きてりゃいいさ~」の収録楽曲「酒と泪と男と女」「時代おくれ」など数多くのヒット曲を中心に演奏する。時代を超えて共感を呼ぶ、男の強さや哀しさ、優しさ、父親としての心情を唄いあげた数々の名曲が甦る。

 コンサート開催を前に河島亜奈睦からのコメントが届いた。コメントは以下の通り。

 ▽河島亜奈睦コメント
 東京では初! 父のトリビュートコンサートを開くことになりました。実は、今回のコンサートのタイトルにもなっている『生きてりゃいいさ』は、母のお腹に私が宿ったという知らせを受けて、父が新幹線で東京から新大阪の移動中に書き上げた曲ですが、なかなか歌えずにいました。

 あまりにも早くに旅立った父の死をなかなか受け入れられなかったのです。『生きてりゃいいさ』って言われても、『早く死んでしまったやんか…寂しい、悲しい』と父に怒っていたように思います。

 しかし、私にも娘が生まれ、娘と一緒に音楽の旅を続ける中で親の愛を知る事ができたのかもしれません。父はこの世にはいないけれども、どんな時もずっとそばで見守ってくれていたのかもしれない。そんな気づきがあった頃に父の『生きてりゃいいさ』を聴いて、涙が止まらなかった事を 覚えています。父に励ましてもらったこの唄を、次はみなさんにお届けしたい。そう思えました。

 コンサートでは父の映像とコラボして『生きてりゃいいさ』をデュエットします。大阪でもみなさんに喜んでいただけたコラボを東京でも披露できることをとても嬉しく思います。

 『俺も娘と唄いたい!!』ナタリー・コールが亡き父、ナット・キング・コールとの父娘デュエット曲 『Unforgettable』でグラミー賞を受賞した映像を観て、私の父が残した言葉です。

 『私ももう一度一緒に歌いたい!』と素直に言える性格ではなかったので この日を迎えるのに長い年月がかかってしまってけれど、 父と15年以上ぶりのデュエットを存分に楽しみたいと思っています。

 ◆河島英五とは 1952年4月23日大阪生まれ。1975年4月“河島英五とホモ・サピエンス”として「何かいいことないかな」でワーナーパイオニアよりレコードデビュー。ソロ転向後、ホモ・サピエンス時代の曲「酒と泪と男と女」が日本酒CMに起用されて大ヒット。その後も「野風増」「時代おくれ」(日本有線大賞特別賞受賞)など、多数のシングル、アルバムを発表しながら、旺盛なライブ活動を展開。1991年紅白歌合戦初出場。阪神・淡路大震災復興義援コンサート「復興の詩」のプロデュースの他、俳優・執筆等多方面で活躍したが、2001年4月16日肝臓疾患のため永眠。享年48歳。

 ◆河島亜奈睦とは 1979年大阪出身。河島英五の次女。幼い頃から父のステージでバックギター&コーラスとして参加。2000年アナム&マキとして「戦え!野良犬」でデビュー。2009年娘を出産後、ソロアーティストとして再始動。2010年2月には1stアルバム「まる・まる・はじまる」をリリースして以来、現在まで3枚のアルバムを発表。現在は、6才の愛娘との母娘ユニット「かわしまあなむ と あいるら」やCMや子ども番組の音楽、他ミュージシャンへの楽曲提供など活躍の場を広げる。本名の「亜奈睦」には奈良から亜細亜、そして世界との架け橋になれるようにとの意味も込められている事から、その名の如く日本国内はもとより中国、イギリス、フランスなど様々な国へ旅に出て演奏をおこなう。

最終更新:8月11日(木)15時54分

MusicVoice