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日航機事故から31年 植木社長「御巣鷹は日本の安全の原点」

Aviation Wire 8月12日(金)18時54分配信

 乗客乗員520人が亡くなった日本航空123便墜落事故から、8月12日で31年が経った。12日は早朝から、多くの遺族や関係者らが墜落現場となった群馬県多野郡上野村の御巣鷹山を訪れた。

◆30年契機に今年も

 30年の節目となった昨年は、過去最多となる106家族406人の遺族が訪れた。今年は昨年の混雑を避けた人を含め、子連れで山頂に向かう家族の姿が目立ち、77家族273人が慰霊登山した。

 昨年久しぶりに訪れたことを契機に、山に登れるうちは御巣鷹山で供養したいと、年を重ねた遺族の中でも再訪する人もいた。妹の娘である瀧井千合子さん(享年21)を事故で亡くした奥村寿々子さん(82)は昨年に続き、孫の奥村厚徳(あつのり)さん(38)一家と訪れた。三度目の慰霊登山となった寿々子さんは「まだ登れます。来年も来ますよ」と、再訪を誓った。

 今年に入り、5月27日に大韓航空(KAL/KE)の羽田発ソウル(金浦)行きKE2708便(ボーイング777-300、登録番号HL7534)の左エンジン(第1エンジン)から出火するなど、航空の安全が問われる事故やトラブルが続いている。

 そして、7月23日には御巣鷹山で登山道を整備していた、JALの安全推進本部ご被災者相談室室長の相馬裕さん(享年59)が斜面から滑落し、亡くなった。現場を訪れた123便事故の遺族からは、「宿が手配できているかを気に掛けたり、どの遺族にも分け隔てなく接する方だった」と、相馬さんの冥福を祈った。

◆日本の安全の原点

 2012年2月の社長就任以来、社長として5回目の慰霊登山となったJALの植木義晴社長は午後1時25分すぎ、山頂付近にある「昇魂之碑」に献花した。

 植木社長は、「我々は123便事故として御巣鷹の尾根を守ってきた。慰霊登山には東日本大震災や、JR西日本の事故に遭った方もいらっしゃっている。この尾根が日本の安全の原点になりつつあると感じており、責任を持って守っていきたい」と語った。

 事故から31年が経過し、遺族からは風化を危惧する声も聞かれる。「事故当時いた社員は現在7%で、9割を超える社員が事故後に入社した。我々の安全の原点は、この御巣鷹の尾根、この事故にあると肝に銘じている」と誓った。

 「2012年から14年にかけて、グループ全社員と委託の方も含めて3万5000人に安全教育を実施した。2015年からは新入社員と新任管理職に対する安全セミナーを実施しており、必ず慰霊登山と安全啓発センターの見学を入れている」と述べ、事故を風化させない取り組みを続けていく決意を示した。

 滑落事故で亡くなった相馬さんとは、「運航本部時代から彼のことを知っていたので、長い付き合いだった」と話し、「個人的にも社長としても、本当に残念な思いだった。123便事故の遺族の方からは、彼のことを会社として十分な手当をして欲しいと、ありがたい言葉をいただいた。二度とこのようなことがないように規定の見直しも含めて、安全に御巣鷹の尾根を守っていきたい」と語った。

 今後の尾根の管理について、植木社長は「管理は慰霊の園の方にやっていただき、我々はお手伝いをさせていただくスタンスだが、社員の思いもあり、いろいろな活動をやってきた。その中で危険性の高いものは外部の専門家に委託し、危険性の低いものは安全に気をつけて引き続きあたらせていただきたい」と話した。

 午後6時からは、上野村にある慰霊の園で追悼慰霊式が開かれている。JALからは植木社長らが参列する。

 1985年8月12日午後6時56分に墜落した羽田発伊丹行きJL123便(ボーイング747SR-100型機、登録番号JA8119)には、乗客509人と乗員15人の524人が乗っていた。

Tadayuki YOSHIKAWA

最終更新:8月29日(月)13時8分

Aviation Wire