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夕張市がJR北海道に「鉄道廃止」を提案した理由

ITmedia ビジネスオンライン 8月12日(金)7時26分配信

 7月29日、JR北海道は記者会見を開き、「持続可能な交通体系のあり方について、地域の皆さまに早急にご相談を開始させていただきたい」と発表した。同日、自社サイトに詳しい意見書とスライド原稿を掲載した。

【バスの後部窓から鹿屋市街を眺める】

 趣旨は「JR北海道が北海道における重要な基幹交通機関であり、地域の交通手段の重要性を認識した上で、経営状況の悪化と沿線の過疎化を踏まえて、今後の交通問題を沿線自治体に相談したい」である。

 スケジュールとしては、秋までにJR北海道が「自社単独で維持できる線区」と「自社単独で維持できない線区」の振り分けを発表する。その上で、「自社単独で維持できない線区」の自治体に対して、上下分離やバス転換などを地域へ提案する。「自社単独で維持できる線区」についても、JR北海道は駅や列車の削減や運賃値上げを実施する方針だ。つまり、自社単独とは言いつつ、沿線自治体の支援や譲歩は不可欠である。

 JR北海道の過去の発表によると、黒字の路線は札幌近郊の限られた線区のみ。自社単独で維持できる線区は、条件付きで維持できる線区という意味で、もう少し範囲は広くなりそうだ。いずれにしても、JR北海道は声高らかに「非採算線区の切り離し」を宣言したわけだ。北海道の鉄道沿線自治体は“秋の決定”をハラハラしながら待っている。

 そうした中、JR北海道の動向の先手を打って動いた自治体がある。名寄市など宗谷本線の沿線20市町村で作る「宗谷本線活性化推進協議会」は、7月25日に北海道議会など4カ所、同27日には国土交通省鉄道局へ鉄道存続の要望書を提出した。宗谷本線は旭川と稚内を結ぶ幹線である。稚内駅は日本最北端の駅。稚内市は人口約3万6000人。ロシアとの交流もある。

 宗谷本線は札幌発着の特急「スーパー宗谷」2往復、「サロベツ」1往復があり、道北の背骨と言える。それでも沿線自治体の危機感は大きい。JR北海道は昨年から普通列車の減便や特急列車の札幌乗り入れ廃止など合理化の方針で、宗谷本線活性化推進協議会の現状維持の要請に対して「資金不足」の一点張りだった。

 「○○本線」と名の付く幹線でさえこの状況である。いまや札幌圏を除き、北海道で線路を持つ自治体すべてが、鉄道を失うという危機感を抱いている。

●夕張市にとって石勝線支線とは何か

 8月8日に夕張市が「鉄道よりもバスの支援を」とJR北海道に提案した。

 従来、鉄道路線廃止と言えば自治体が反対するという事例ばかりだった。夕張市の選択は報道でも「異例」という表現が目立った。国鉄時代、JR化後を通じて見ると確かに異例だ。第3セクターでは三木鉄道(兵庫県)が廃止派の市長の当選によって廃止された例がある。これも異例ではある。それにしても夕張市の決断は異例だ。鉄道は地域の財産のはず、それを捨ててもいいのか。

 夕張市が廃止を提案した線区は石勝線の支線、新夕張~夕張間16.1キロメートルだ。石勝線の千歳線の南千歳駅と根室本線の新得駅を結ぶ132.4キロメートルの幹線であり、札幌と帯広、釧路を結ぶ特急列車のために作られた。しかし、支線の新夕張~夕張間は新夕張駅から分岐した行き止まり線である。普通列車が1日5往復だけ走っている。輸送量と運行本数から判断して、とっくに廃止対象になっても良い線区だった。なぜこの区間が国鉄の赤字問題のころから生き残っていたのか。そこには特殊事情の積み重ねがある。

 元々、夕張~新夕張~追分間は「夕張線」という路線名だった。1892(明治25)年に北海道炭礦鉄道が追分~夕張間を開業し、後に国有化された。建設目的は夕張炭鉱からの石炭輸送だ。室蘭本線を経由して室蘭港まで石炭を運んだ。しかし、主要炭鉱の閉山が相次いだため、1978年に石炭輸送は終了。夕張線はローカル線になった。

 国鉄の赤字ローカル線廃止問題が議論されたころ、夕張線は対象にならなかった。存廃の検討期間に石炭輸送が継続し活況だった。そして石炭輸送が終了しても廃止されなかった。一部区間を石勝線に転用する計画があったからだ。石勝線は札幌と帯広、釧路を結ぶバイパスルートとして、1981年に開業した。千歳空港駅(現在の南千歳駅)~追分間、新夕張~新得間が建設され、追分~新夕張間の夕張線が組み込まれた。

 このとき、取り残された新夕張~夕張間は独立した路線名にならず、石勝線の支線とされた。幹線特急が走る石勝線の輸送成績は良く、鉄道路線の存廃は路線単位で検討されたため、支線の成績も石勝線全体の成績の陰に隠れた。国鉄時代に廃線対象にならず、JR北海道になっても路線単位の成績管理では支線のみのリストアップはない。

 こうして地元の輸送需要減少とは関係なく、新夕張~夕張間は残った。乗客は存在するとはいえ、わずかだ。つまり、夕張市にとって、鉄道路線はとっくに役目を終えていた。道路事情は改善され、札幌と夕張市を直結する道路は1954年に北海道道6号線として整備が始まった。1965年に夕張トンネルが開通し、1994年には道路再編成で道道3号線となり、2007年に新夕張トンネルに付け替えられた。一方、鉄道ルートは南に大きく迂回するルートのままだ。鉄道は特急利用で約2時間、各駅停車で約2時間半、札幌~夕張間は路線バスで約1時間40分となっている。

 夕張市は2019年度までに市内に拠点複合施設を作り、これを中心としたバス路線網を整備したいと考えている。JR北海道に対し、この交通体系への協力を引き替えに鉄道路線廃止に同意すると伝えた。夕張市にとって石勝線の新夕張~夕張間は元々重要ではない。ならば、JR北海道から廃止宣告という屈辱を受ける前に、進んで鉄道線路を差し出して、市内の交通体系整備に対する好条件を引き出そうと考えた。この判断は異例ではあっても、客観的に見て意外ではない。どうみても夕張市優位の取引だ。

 そもそも夕張市を走る石勝線支線が異例の存在だった。夕張市にとって、いや、わが国にとって役目を終えた路線である。国鉄時代からの廃止論議からすり抜け、JR化後も統計的都合で残っていた。従って、沿線自治体が廃止反対運動を盛り上げたという話も聞かない。むしろ、地元の人々も「あの線路はナゼ残ってるの」と思っているかもしれない。

●鹿屋市に鉄道はない

 地域で鉄道存続に取り組む人々や、鉄道ファンの間では「鉄道がない地域は衰退する」「バス転換されると、そのバスも簡単に廃止されてしまう」が定説になっている。1980年に国鉄再建法が成立し、赤字ローカル線の整理が行われた。このとき、廃止またはバス転換された地域については、結果として衰退した地域が多い。

 駅がなくなると地図に載らなくなる。観光客が行き先を選ぶときの選択肢から外れる。観光客だけではなく、企業の誘致、移住者の受け入れも難しい。確かにその通りだ。しかし、見方を変えれば、衰退しているから鉄道を維持できなくなった、鉄道があってもなくても衰退する運命にあった地域とは言えないだろうか。

 反証として「鉄道がなくても発展した地域、あるいは衰退しなかった地域」はあるだろうか。それがあるのだ。1つは誰もが知っている沖縄県だ。太平洋戦争で鉄道が壊滅し、その後に米国流のモータリゼーション文化の洗礼を受けた。2003年にモノレール「ゆいレール」が開業するまで半世紀以上も軌道系交通機関はなかった。その間に沖縄は衰退したか。本土復帰政策や沖縄振興政策もあったとはいえ、那覇市は観光都市として発展し、むしろモノレールが必要なほどの地域になって今日に至る。

 もう1つは鹿児島県鹿屋市だ。大隅半島の中央部、人口10万人以上。鹿児島市、霧島市に次いで県内の人口が多い。農業、畜産、漁業が盛んで、鹿児島黒豚、鹿児島黒牛は鹿児島県下1位の生産地。豚の出荷数は全国1位。カンパチやうなぎの生産量も全国上位。海軍基地を発祥とする海上自衛隊鹿屋航空基地があり、大規模事業所として地域の発展に寄与している。工業も電気機械製造業の集積、金型製造業など地元企業が堅調で企業誘致にも成功した。その勢いがあれば商業の発展も想像に難くない。

 その鹿屋市には鉄道がない。鹿児島県第3位だけど鉄道はない。いや、かつてはあった。国鉄大隅線だ。1915年に南隅軽便鉄道が鹿屋~高須間を開業して以降、大隅鉄道への改組や国有化という流れの中で、少しずつ延伸して1972年に国鉄大隅線として全通した。起点は港湾都市の志布志駅(鹿児島県志布志市)、終点は日豊本線の国分駅(鹿児島県国分市、現在は霧島市)で、途中の10駅が鹿屋市にあった。しかし、国鉄の赤字線整理によって1987年3月に廃止、バス路線に転換された。JR九州発足の半月前だった。

 大隅線廃止以降、鹿屋市は衰退しただろうか。統計情報によると、大隅線が廃止された1987(昭和62)年の人口は10万2653人。最新の2014(平成26)年の人口は10万4077人。衰退どころか微増となっている。世帯数は3万7090から4万5641と大きく増えている。これは核家族化や、高齢化による独居老人増もあるかもしれないから、若者単身世帯の増加だけではないだろう。とはいえ、この数字は、大発展したとは言えないけれども衰退はしていないという事実を示す。前述のように産業も堅調で、食糧自給率は100%を超える。鉄道がなくても鹿屋市は維持できている。

 もちろん、鹿屋市と夕張市は環境が違いすぎるから同列には語れない。しかし「鉄道がなくても地域は発展できるか」という課題として、鹿屋市の事例は夕張市にとって心強いはずだ。

 石勝線支線、かつての夕張線を「石炭で栄えた時代の証であり、地域活性化の頼みの綱」と思う人もいるだろう。しかし「栄えた時代の証」は、残酷に言えば遺跡でしかない。鉄道がなくなれば地域は衰退するという見方も確かにある。しかし、夕張市は既に衰退しきった財政再建団体だ。この先、鉄道あれば再活性化できるとは限らない。

 鹿屋市の事例と夕張市の決断は、「地域の発展に鉄道は必要」「鉄道がなければ地域は衰退する」という常識に風穴を開けた。両市の今後の動向が、ローカル線廃止問題に悩む地域にとって新たな視点を示すだろう。

(杉山淳一)

最終更新:8月12日(金)7時26分

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