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進む微生物研究、燃料電池や遺伝子制御など電気化学との融合に注目集まる

日刊工業新聞電子版 8月12日(金)12時10分配信

MFCの発電量100倍に

 自然界には目に見えない数多くの微生物が存在している。その中で発電したり電気を食べたりする微生物がいることをご存じだろうか。このような微生物と電極などの電気化学的手法を組み合わせ、発電やモノづくりを行う取り組みが進んでいる。微生物を利用した新しい研究分野の動きが活発化してきた。(冨井哲雄)

 電気を発生する細菌(電流発生菌)として、ジオバクター菌やシュワネラ菌と呼ばれる微生物が徐々に知られるようになってきた。こうした微生物は環境中の有機物を取り込み、廃棄物として電子を放出する。また電気を食べて増殖する細菌の存在も確認されており、多様な微生物の世界が明らかになりつつある。

 中でも著しく進展しているのが、電流発生菌など複数の微生物を組み合わせてエネルギーを取り出す「微生物燃料電池(MFC)」の研究だ。MFCは汚水処理の用途で研究が進められており、企業で実用化に向けた取り組みが進む。MFCの発電効率は低く、有機物の分解の際に発生した電気を汚水処理にかかる電力の一部に充てる使い方などが主流になっている。

 MFCの発電効率を上げる研究成果をあげたのは、静岡大学工学部の二又裕之教授らのグループだ。MFCの発電量を従来の100倍の効率に高める物質を発見した。

 電流発生菌が有機物を分解する際に酸素やチタン、リン、鉄で構成される黒い導電性物質を作り出すことを確認。さらに同物質が電気を蓄える能力(蓄電能)を持つことも分かった。研究の進展により、MFCの発電効率が高まり、廃水処理の実用化につながる可能性がある。

■電極を利用した簡単な手法で遺伝子を制御
 近年、注目度が高まっているのが、電気発生菌と電気化学的手法を組み合わせたモノづくりに関する研究だ。古くから微生物による発酵を利用し、酒やみそなどの生産が行われてきた。従来の発酵手法では、糖からエタノールを作るなど決まったモノしか作れない。

 こうした常識を打ち破る研究を行うのが、東京薬科大学の渡邉一哉教授だ。電気化学的な手法を利用し、微生物による有用物質の生産技術の可能性を模索している。渡邉教授らはシュワネラ菌に電極で電位を変化させることで遺伝子の発現を制御できることを発見した。電極での電位を上げると、乳酸を分解する酵素の遺伝子の発現が上昇することを確認した。

 この事実は遺伝子改変手法を使わずに、電極を利用した簡単な手法によって遺伝子を制御できることを示している。微生物が作る有用物質の遺伝子を調整し、発酵の効率を上げるといった使い方も期待される。渡邉教授は「微生物電気化学の分野を進展させ、微生物の新しい利用の道を切り開きたい」と意気込む。

 電流発生菌による廃棄物や廃水処理と有用物質のモノづくりを組み合わせることで理想的な循環システムが構築できるかもしれない。MFCによる排水処理システムの開発を手がけた経験を持つ鹿島技術研究所の上野嘉之上席研究員は「廃棄物の処理プロセスを物質の生産プロセスに変えられるのではないか」と期待する。

■微生物電気化学、教材少なく
 一方で「微生物電気化学の分野は教科書や論文が少なく、基礎的な研究が足りない」(上野上席研究員)と課題を挙げる。東京薬科大の渡邉教授は「電流発生菌の発電メカニズムを詳しく調べたい」としており、今後ますます基礎研究の重要性が増していくだろう。

 一方、電流発生菌を利用し、水中の生物多様性を調べる試みも始まった。理化学研究所の中村龍平チームリーダーや水産研究・教育機構の伊藤克敏主任らの研究チームは7月から、電流発生菌などを利用し魚の養殖場の水質環境を診断するプロジェクトに取り組んでいる。

 水の底にある堆積物や岩石などでできた表層(底質)に住む小動物や細菌などの代謝から、水中生物の多様性を調べる。水中生物の代謝を調べるため、水の底に電極を沈め電位の変化を評価する。

 電流発生菌と電気を食べる細菌が電極を介して電子をやりとりすることを利用。生物多様性が保たれた良好な環境では電位が正に、多様性が低い環境下では電位が負になる。こうした底質の環境の時間変化を追うことで、餌を与える最適な時刻や量を見積もれる。 

 今後、食料問題の解決などに向け、海洋開発が一段と進むことが考えられる。開発にあたっては、「産業と環境とのバランスを評価する技術が必要になる」(中村理研チームリーダー)。評価技術の開発で環境の保全につなげたい考えだ。

 微生物という生命分野と電気化学分野の融合によるイノベーション―。こうした分野横断的な研究分野の進展を通じた新産業への期待が今後さらに高まりそうだ。

最終更新:8月12日(金)12時10分

日刊工業新聞電子版