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<特別連載>ミャンマーのロヒンギャ問題とは何か? (16) バングラデシュとの狭間で 様々な「ロヒンギャの定義」 宇田有三

アジアプレス・ネットワーク 8月12日(金)13時29分配信

Q. 改めて「ロヒンギャ問題」とは何なのでしょうか?
A. 無国籍状態に追いやられたロヒンギャ・ムスリムが、人間としての尊厳や人権を奪われたまま放置され続けているということでしょうか。

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A.バングラデシュ政府や、ロヒンギャたちが実際に暮らしているミャンマー政府は、ロヒンギャの受け入れを拒否しています。彼ら彼女たちは、無国籍状態として行き場所がないのです。今の世界で、無国籍状態になるということは、どこからも保護されないということですし、ロヒンギャ難民が避難する関係国では、彼ら彼女たちが自国の国籍を持っていないということで、保護しなくてもよいという言い訳ともなっています。

Q. ミャンマーとバングラデシュの両国を挟んで、その辺り事情がよく分からないのですが。
A. ここで重要な事柄を押さえておきましょう。
ミャンマーとバングラデシュの国境が画定したのは1966年です。ロヒンギャ・ムスリムの出身地であるチッタゴン丘陵はその時すでに、バングラデシュ領域内でした。

Q. ミャンマーの独立が1948年ですね。バングラデシュとの国境画定が1966年だとすると・・・。
A. 両国間は、人種・民族に関係なく、人びとの移動はある程度緩やかだったでしょう。
バングラデシュは、インド→パキスタン領東パキスタン→バングラデシュと経て、最終的に1971年に独立します。バングラデシュは、パキスタンとの間の関係がより深刻な問題でしたのでミャンマー側への関心は相対的に低かったと思われます。ミャンマーの独立後も18年間ぐらい人びとの往来はある程度自由だったと推測されます。

Q. バングラデシュは、ロヒンギャ・ムスリムのことについてどのように考えているのですか?
A. その前に、現在のロヒンギャ・ムスリムについての様々な立場を整理しておきましょう。

(1) ミャンマー政府やラカイン人/ビルマ人によるロヒンギャ・ムスリムの説明
ミャンマー政府は一貫して、ロヒンギャ族という民族は存在してこず、彼らは英国の植民地時期にミャンマーに流入してきたベンガル移民。その後、不法にミャンマーに居着いた。だからバングラデシュに戻るべきだ、という立場をとる。

(2)バングラデシュ政府によるロヒンギャ・ムスリムへの対応
バングラデシュ政府は、ロヒンギャは、ミャンマーに暮らしてきた少数派のムスリムで、1982年の国籍法により、国籍を剥奪された無国籍たちである。軍政の迫害によりその一部がバングラデシュに避難してきたと説明。

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最終更新:8月12日(金)13時35分

アジアプレス・ネットワーク

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。