ここから本文です

田知本金メダル獲得 快挙の裏に壮絶な4年/富山

チューリップテレビ 8月12日(金)9時52分配信

 田知本遥選手の金メダル獲得までの道のりは、決して平坦なものではありませんでした。
 初出場だった前回の大会で敗北してからの4年間。

 それは、競技生活のどん底に落とされ、這い上がってきた壮絶な4年間でした。
 4年前のロンドン大会。
 準々決勝で左肘を負傷し判定負けを喫した田知本は、敗者復活戦でも敗れ、メダルに届きませんでした。

 Qもう一度帰ってこなければいけない舞台ですね?「今は情けなすぎて何も考えられないです」(田知本選手)

 あの日以来、遠ざかった国際大会での優勝。
 精彩を欠き、一時は引退も考えました。
 さらに、追い討ちをかける出来事が・・・
 去年2月。
 国際大会前に、ドーピング違反の恐れがある市販の風邪薬を飲んでしまい、大会を欠場。その後、全柔連から警告の処分が出されました。
 1か月半後、田知本はー。

 「皆さんに迷惑をかけてしまったので、まだまだ諦めないところを示していくしかない」(田知本選手)

 まさに『競技人生のどん底』というべきつらく苦しい日々・・・。
 しかし、折れそうになる心を何度も奮い立たせてきた4年が、田知本を強くしました。
 「そのときは本当に悲しくて苦しくてという場面が多いんですけど、今思えばそれがあったからこうなれたという部分が多い」「本当に成長できた4年間でした」(田知本選手)

 今大会。
 そんな田知本の姿を客席で見守ったのが、78キロ超級で代表入りを逃した姉の愛選手です。
 田知本が柔道を始めたのは、小学2年生のとき。
 以来、2つ歳上の姉・愛選手の背中をずっと追いかけてきました。
 小杉高校では、1年でインターハイ団体戦に出場し、姉とともに全国優勝。その後、大学に行っても、社会人になっても、必ず前には姉がいました・・・。

 「姉が世界選手権の代表に初めて先になって、私もはやく日本代表になりたいと」(田知本選手)

 ともに日本代表になり、世界で戦い始めるも、4年前は、姉妹でオリンピックの夢が叶わなかった2人。
 今度こそ・・・。
 先にリオの切符を掴んだのは田知本でした。
 「ロンドンから4年間、今度は一緒に行くっていうのがお互いったので、今度は2人で出て周りの人を気持ちよく喜ばせてあげたい」(田知本選手)

 続く愛選手の最終選考会。
 ここまで、選考レースのトップを走ってきましたが・・・
 決勝でケガをして敗れ、代表入りならず。
 姉妹そろってオリンピック出場の夢は、また、叶いませんでした。
 しかし、愛選手はオリンピックに向け、気持ちの張り詰めた日々が続く妹の前で、その悔しさを見せませんでした。

 「やっぱり毎日つめて練習してると行き詰ることもあるので、そのときのはけ口というか、話を聞いてもらったり。それが助かっています。私の前ではそういうの(悔しいそぶり)は見せないし、凄いなって思うし、頑張らないとって思います」(田知本選手)

 そして11日、愛選手も見守る中、迎えた決勝戦。

 Q田知本遥、人生で最高の日では?「間違いなくそうだと思います」
 Qお姉さんも喜んでくれると思いますが?「はい、そうだと思います」

 悲願の金メダルを手にした田知本が真っ先に向かったのは、愛選手のもと。2人では立てなかった舞台。でも、1人で掴んだ金メダルではありません。

チューリップテレビ

最終更新:8月12日(金)9時52分

チューリップテレビ