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苦難の校史伝えたい 横浜平沼・小田原・横須賀高の同窓会が連携

カナロコ by 神奈川新聞 8月12日(金)8時35分配信

 100年以上の歴史を持つ神奈川県立高校の横浜平沼、小田原、横須賀の3校では、同窓会が語り継ぐ役割を担う。連携企画として昨年に始めた戦後70年展を今年も継続。これまでに収集してきた戦災関連の写真や資料を使いながら、今を生きる生徒たちに苦難の校史を伝えている。

 戦時中は女学校で、一部の建物が横浜大空襲で焼失した横浜平沼高(横浜市西区)では今年7月、同窓会が運営する歴史資料展示室の内容を一部入れ替えた。

 光を当てたのは、長らく段ボール箱の中で眠っていた「学校報国団」や宿泊研修施設「報国寮」関連の資料。その内容に価値を見いだし、関連資料をさらに収集した永森邦雄さん(81)は言う。「戦争によって学校は学校でなくなっていった。まなびやが戦時体制に組み込まれていく初期段階の状況を示すものだ」

 県下の中等学校の生徒ら1万3千人が集い、「挙国一致」に向けた学校報国団の結団式が執り行われたのは1938(昭和13)年4月。箱根などにあった報国寮で生徒たちは、7日間の宿泊研修で畑作業などに取り組んだ。「そこで愛国心を植え付けられ、勤労奉仕の精神を学ばされた」。女学校の生徒は綾瀬の報国寮で研修を受けたという。

 後に工場への学徒動員などが行われたころとは異なり、戦況はまだ厳しくなかった。だからこそ、徹底された思想教育。「一口に戦争といっても、時期や背景によって起きたことに違いがある」と地葉幸泰さん(76)は実感を込める。

 展示室では、食料確保のためイモ畑に作り替えられたテニスコート、なぎなたの鍛錬に励む生徒の写真もあり、あらゆるものが動員されていく戦時体制の異常さを浮き彫りにしている。

 しかし、「こうした写真を見ても、今の生徒は当時をイメージすることが難しいようだ」と永森さん。展示室を訪ねる生徒に、自らが体験した富岡空襲の経験を伝えながら、こんな思いを込める。「幼いころ戦争に遭い、大きな被害を受けていない私のような体験者でさえ、もはや少なくなっている。それでも語り継ぐ役割をつないでいかなければ」

 横浜平沼高の展示は来年6月まで。一般の見学は原則として火曜のみ可能で、希望者はファクスで申し込む。問い合わせは、同窓会「真澄会」電話045(311)3356(火曜のみ、ファクス兼用)。

最終更新:8月12日(金)8時35分

カナロコ by 神奈川新聞