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信頼できるお金の専門家かどうかが分かる 4つの質問

ZUU online 8/13(土) 6:10配信

めまぐるしく移り変わる現代の経済状況において、個人だけで資産運用を行うのは至難の業です。より多くの成果を求めるのであれば、お金の専門家に相談をするのがベストでしょう。

しかし、あなたが資産運用で相談しようとしているお金の専門家は、本当に信頼できるのでしょうか。

今回は、本当に信頼できるお金の専門家を見極めるための4つの質問を用意しました。この質問をすることで、本当に信頼できるお金の専門家かどうかを見極める手助けになればと思います。

■証券外務員の資格は?

まず信頼できるお金の専門家の前提として、金融の基礎知識があるかどうかが重要です。中には単なるセールストークだけを記憶し、勧誘活動をしている自称専門家もたくさんいます。このため、最低限の金融の基礎知識があるかどうかを確かめなければ、話は進みません。

それを確かめる質問として、証券外務員の資格について聞いてみるという方法があります。勧誘活動ができる銀行員や証券マンは必ずこの資格を取得していますが、2種と1種ではその知識量に大きな差があります。証券外務員1種を取得していれば、最低限の金融の知識があると考えていいでしょう。

■ETF? 投信?

顧客のために親身になって相談に乗ってくれているようにみえても、実はノルマ達成や手数料収入のことを考えている営業マンもいるかもしれません。

本当に顧客のために金融商品を選択しているのかを判断するために、日経平均に投資をする場合、通常の投資信託とETF(上場投資信託)のどちらがおすすめかを聞くという方法があります。

通常の投資信託の場合は、一般的に買い付け手数料がETFと比較して多くかかります。一方のETFの場合は、一般的に買い付け手数料が安く抑えられます。もちろん、投資信託そのものがダメだというわけではありません。しかし「日経平均に投資をする」という前提の下で、投信とETFの二者択一を検討している場合には、ETFのほうがマッチしていると考えた方がいいかもしれません。

■毎月分配型? 利益再投資型?

専門家の中には利益を出す金融商品でなく、投資家に残る利益は少ないが販売しやすい金融商品をお勧めする場合があります。有名なのが毎月分配型の投資信託です。毎月分配型の投信は分配金が毎月もらえるので、投資初心者の方には人気です。

しかし本当に利益を求めるならば、同じ金融商品でも分配金をもらわず、分配金を再投資する利益再投資型のほうが最終的な利益は大きくなることが予想できます。そのため、毎月分配型の投資信託と、利益再投資型の投資信託はどちらがおすすめかを聞いてみるという方法があります。毎月分配型の投信が絶対ダメというわけではありませんが、一般的には利益再投資型を勧めるほうが、しっかりと利益を出すことを考えてくれているといえるかもしれません。

■確固たる投資哲学があるか?

金融の基礎知識があり、顧客のためを第一に考えてくれ、利益の追求を真剣に考えてくれるようなお金の専門家でも、実力がなければ話になりません。お金の専門家の実力を見極めるのはとても困難です。しかし、確固たる投資哲学があるかどうかということが、一つの判断基準になるのではないかと思います。そこで、尊敬する投資家や経済学者を聞いてみるといいかもしれません。

お金の専門家で確固たる投資哲学があれば、多くの経済学者や投資家について知っていますし、研究しているはずです。その上で、自分の確固たる投資哲学を築いています。もし、この質問で尊敬する経済学者の名前が出ない場合や、尊敬する理由が浅い内容であった場合は、確固たる投資哲学はないのかもしれません。

この質問にしっかりと答えてくれるお金の専門家は、知識も豊富で自分なりの投資哲学を持っている可能性が高いといえます。

■信頼できるパートナーを探そう

実際には質問しづらいものもあるかもしれません。しかし今回の質問を一つするだけでも、信頼できるお金の専門家かどうかをある程度判断することができるでしょう。

これらの質問によって、あなたにとっての本当に信頼できるお金の専門家を見つけてみてください。(提供:IFAオンライン)

最終更新:8/13(土) 6:10

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