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『ファインディング・ドリー』の世界ができるまで

cinemacafe.net 8月13日(土)20時0分配信

「もし実写映画を作る場合なら、この部屋を描くときに、テーブルや椅子などについて考える必要もありません。それらのものはここにあって、ただ撮影すればいいわけです。でも、僕らがアニメーションを作るときには、すべてをデザインして、材料を自分で用意しないといけません。もしそれをやらなければ、全てのものはそこにはないわけです」。

【画像】『ファインディング・ドリー』のコンセプトアート

海の中の生き物たちの活躍を描いた『ファインディング・ニモ』の待望の続編として公開中の『ファインディング・ドリー』で、セット・アートディレクターを担当したドナ・シャンクがそう語るように、アニメーションの世界では、キャラクターたちが生活を営む世界そのものを生み出さなくてはいけない。これまでに、様々な人気キャラクターを生み出してきたディズニー/ピクサーだが、それらが生き生きとストーリーの中で動き回る姿に私たち観客が夢中になれるのは、美しくデザインされた背景やセットの存在があってのことなのだ。

シネマカフェが実施した現地取材レポート第5弾では、『ファインディング・ドリー』の舞台のデザインに関わった2人のアーティストのインタビューをお届けする。

本作で、映画の中の世界の撮影セット及び周辺環境を開発していくセット・アートディレクターを務めたドン・シャンクは、TVアニメの製作を経て、フリーランスのアーティストして長編作品『モンスターズ・インク』『Mr.インクレディブル』のデザイン開発に携わり、その後2004年よりピクサーに所属。引き続きデザイン開発班のアーティスト及びアートディレクターなどを務め、アカデミー賞受賞作『カールじいさんの空飛ぶ家』及び『インサイド・ヘッド』ではセットを担当した。

シェーディング・リードを担当したロナ・リューは、2011年に美術部門におけるスケッチ&シェーディングアーティストとしてピクサー・アニメーション・スタジオでのキャリアをスタート。『アーロと少年』や『ファインディング・ドリー』などの作品に関わり、主にキャラクターや風景、小道具の色付けやテクスチャーのデザインを担当した。10歳の時にカリフォルニアに引っ越してきたという中国生まれのロナは、小さい頃からディズニー映画のファンだったという。

「これから、『ファインディング・ドリー』の世界をデザインすることについて少しお話ししましょう」と、まずはドンがプレゼンテーションを始める。彼の仕事は、リサーチを元にコンセプトアートを描き、それを物語とカメラワークに合わせて洗練させていくことだ。

前回ミズダコのキャラクター、ハンクが生まれる過程をご紹介したが、今回のセット作成においても同様に、制作のはじめには緻密なリサーチが実施されたという。「僕らがリサーチ旅行に行ったとき、何千という写真を撮りました。特定の場所にだけにある、独自の、本物のディテールを、出来るだけ集めようとしたからです」。ここでも、モントレーベイ水族館の協力のもと、ケルプの森や人工水槽など様々な写真や映像素材を用意したという。スクリーンに映し出された美しいケルプの森の写真を眺めながらドンは話す。「ほとんど抽象画のようですね」。

その後、それらのリサーチをもとに、コンセプト画が作成される。本作のように規模の大きい作品の場合は、いくつかの分野に分けた制作が行なわれるようで、今回は、マーリンやニモたちが暮らすサンゴ礁をはじめ、魚たちにとって恐ろしいところでもある外洋の空間、ドリーたちが冒険していく中で訪れるケルプ(海藻)の森、そしてドリーがハンクと出会うことになる海洋生物研究所の4つにカテゴライズされて制作が進められた。取材陣が眺めるスクリーンには、プロダクション・デザイナーが作成したそれらの場面を描いた美しいグラフィックが映し出された。

それらのグラフィック画を元に、アーティストたちは「モデル・パケット」と呼ばれる、作品の中での舞台セットを作成する。コンピュータを使って繰り返し同じ背景が使われたような仕上がりにならないためには、一つのセットに対して、様々なバリエーションが作成されるのだ。「僕らは、ただどういうふうに見えるものになるかとか、それらをどのように作るかとか、どんな色にするかということを考えるだけじゃなくて、映画全体における、アーティスティックな影響を考えるということです」。そうドンが語るように、ディズニー/ピクサーでは、その空間を生きるキャラクターたちとの感情的な結びつきや、実際にストーリーの展開によってセットに変化を加えるという。「たとえば、ドリーがケルプの森で、水面に向かっていくとき、近づいていくにつれて、もっと希望に満ちてくるように感じたいわけです。多分、彼女は、彼女の疑問に対する答えを見つけようとしているんだ、とね」。

さらに、アーティストたちは様々なディテールを描くことにも決して手を抜かない。海洋生物研究所にける非常口のサインや、排水溝、天井、さらには、キャラクターの視点から見た世界など、ありとあらゆる細部にまで注意を払っていく。「たとえば、ここで働いている人々は、あの小さなフックに、ホースをかけたりします。そういう小さなディテールを探しているんです。出来る限りこういったアイディアをたくさん集めて、信ぴょう性があって、生き生きと感じさせるようにします」。


次に、「コンテクスト・ペインティング」と呼ばれる行程で、デザインするセットの具体的な長さや高さ、幅など、機能的なデザインについて監督や撮影監督らとの話し合いが行われた後に、具体的に映画のシーンの中でどのようにその場面が見えるのかが描かれていく。また、ここで照明が与えるセットへの影響や、描かれるセットの素材がどのように見えるかなどについても議論が交わされる。ディズニー/ピクサーの映画で描かれる舞台は、ワンシーンの中で、キャラクターたちが動き回る背景として必要な分だけが描かれるだけではなく、監督の要請や新たなアイディアに対応するために、そこに実際にカメラを入れて、どんなカットが撮れるかがシミュレートすることができるように、リアルな空間的な広がりのある舞台として描かれていくのだ。

さらに、ドンに続きロナから「カラー・スクリプト」についての説明が行われた。あらゆるデザインに対して一旦監督の承認が下されると、ロナたちシェーディングのスタッフによって、デザインされたセットに色や質感が加えられていく。「カラー・スクリプトの主な目的は、そのシーンのムードを確立することです。そのために、照明はどんな色で、どこに照明が置かれているのか、その照明の強さはどれくらいか、という情報をデザインしていきます」。その後、粘土で図形を作るクレー・スカルプチャーが舞台模型を作成し、それをもとにコンピュータ上で3Dモデラーが作成され、そこにペインティングが施されていくという。そこでも、ストーリーの中を生きるキャラクターたちとの感情的な結びつきを忘れないのが、ディズニー/ピクサーのクリエイションだ。「キャラクターたちは生命に満ち溢れているので、環境も生きているというように感じてもらいたいんです。だから、光が通ったり、カメラがパンする時、これらのキラリとした輝いた金色のものが見える。このエリアに命を吹き込むためです」。

「多分、スクリーン上にこの部屋自体が出てくるのは3秒だけだと思います」。仕上げられたセットの画像が映し出された画面を眺めながら、ドンは話す。「でも、もし映画の中のすべての部分のために、これらの作業を全部やらなければ、ストーリーから気持ちがそがれたりするんです。そういうことは出来ません」。たった数秒しか出番がないセットだったとしても、決して手を抜くことがないその姿勢を、なんてことないように語るドンとロナの姿には、なんとも眩しい思いがした。

「ここでやっているすべてのことは、常にストーリーをサポートするということです」。これまでの現地取材レポートでも、ディズニー/ピクサーの最先端の技術によるクリエイションの行程を見てきたが、それらがある種の技術的なプレゼンテーションに終始してしまう描写になることを、ディズニー/ピクサーは徹底して否定し続けている。あくまでそこにはストーリーとキャラクターがあり、それらにいかに生命を与えるかということ、それがアニメーションスタジオとしての彼・彼女たちの至上命題なのだ。それが見失われることは決してない。「そこでキャラクターが何をしていて、それがセットにどのように影響しているかということを考えるんです。僕らはいつもストーリーについて考えています。すべてが関連していますからね」。

『ファインディング・ドリー』で描かれるあらゆる世界は、一見してとにかく美しいものばかりだ。海の中に漂う細かな塵や、海底に差し込む光の揺らめき、さらに海洋生物研究所内の精緻な描写に至るまで、それらはあくまでストーリーの裏側の役目を果たしながらも、ふとした時に私たちの目を奪うほどの存在感をも発揮している。魅力的なキャラクターに感動的なストーリーはもちろんだが、それらを包み込むセットにも、ぜひ注目してみて欲しい。ディズニー/ピクサーが描きたい美しさが、そこには感じられるはずだ。

『ファインディング・ドリー』は、全国にて公開中。

協力:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン

最終更新:8月13日(土)20時0分

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