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<沖国大ヘリ墜落から12年>11消防、放射線防護服なし 3本部は測定機備えず

琉球新報 8月13日(土)5時4分配信

 【宜野湾】2004年に米軍CH53D大型輸送ヘリコプターが宜野湾市の沖縄国際大学に墜落した事故から、13日で12年となる。事故当時、墜落したヘリに搭載していた放射性物質ストロンチウム90が飛散したとされる。市の消防隊員は事実を知らされないまま、消火活動に当たり、被ばくの危険にさらされた。琉球新報社は県内全18消防局・本部に、8日から12日にかけて米軍機事故に対応する装備や指針の有無を尋ねた。3本部に放射線測定機がなく、11本部に放射性災害に対応可能な防護服が備わっていないことが分かった。識者からは「隊員の安全が十分確保されない状況で住民の安全を守れるのか」と指摘する声が上がっている。
 米軍機事故や航空機火災に特化した消防活動指針・マニュアルを策定していると回答したのは1局4本部のみだった。
 県内の消防関係者からは「予算があれば備えたいが、一般的な防火服をそろえるだけでも精いっぱいだ」などの声も上がった。
 一方、宜野湾市消防は04年11月に「航空機火災消防活動の指針」を、同12月に「放射性災害消防活動指針」を策定。風上から消火することや隊員に呼吸器の装着を徹底させることなどを盛り込み、隊員に通達した。
 また、事故機に近づかざるを得なかった経験から、約40メートル離れた地点から泡を放射できる災害対応特殊水槽付き消防ポンプ自動車も05年と07年に1台ずつ購入した。個人線量や空間線量計、表面汚染検査計の計13機を、12年までに消防庁から貸与を受け、放射性災害に対応する防護服5着を13年に購入した。
 米軍嘉手納基地に接する比謝川行政事務組合ニライ消防本部も04年11月、「航空機災害消防活動要領」を定め、合同指揮本部を設置することを盛り込んだ。各種線量計の貸与を受けたほか、防護服5着を購入して備えている。(明真南斗)

琉球新報社

最終更新:8月13日(土)5時4分

琉球新報