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ユタカ「まだまだ見守っていてほしかった」父・邦彦さん突然の訃報

デイリースポーツ 8月13日(土)6時3分配信

 突然の訃報だった。元JRA騎手、調教師の武邦彦氏が12日午前1時26分、滋賀県の済生会滋賀病院で病気のため亡くなった。77歳だった。武豊騎手(47)、武幸四郎騎手(37)=ともに栗東・フリー=の父として知られ、騎手としてはJRA通算7679戦1163勝。“ターフの魔術師”“名人”などの異名を取った。葬儀・告別式は15日に関係者で執り行われる。

 目標にする大先輩。そして、競馬の世界に導いてくれた偉大な父だった。武豊が武邦彦厩舎の管理馬で初勝利を挙げたのは、デビューした87年の6月21日(中京未勝利=サンライズサン)。父の日にささげた待望のVだった。父子による重賞制覇は90年高松宮記念、初のG1制覇は90年スプリンターズSで、ともにバンブーメモリー。また、邦彦氏とユタカは、JRA3例目の親子ダービージョッキー(ほかに中島時一-啓之、伊藤正四郎-正徳)、そしてJRA唯一の親子1000勝騎手でもある。

 ユタカがJRA通算最多勝となる2944勝の大記録を最速、最年少で達成した07年7月21日の小倉競馬場。表彰式の花束贈呈を務めた邦彦氏は「(記録達成となったヒシワンスモアを管理する)佐山師から“ものすごい声で(息子を)応援していたよ”と言われて。うれしかった」と、まるで自分のことのように喜んでいた。

 四男の武幸四郎は父の管理馬オースミタイクーンで97年マイラーズカップを制覇。デビューわずか2日目で、初勝利が重賞レースという快挙だった。邦彦氏が調教師引退となるその当日、最後の勝利(09年2月阪神未勝利エーシンウォーマン)をささげたのも幸四郎だった。

 武豊は「ホースマンとしても、父親としても、大変尊敬できる偉大な人でした。今の私があるのも父親のおかげです。まだまだ見守っていてほしかったので、本当に残念です」とコメントした。

最終更新:8月13日(土)7時40分

デイリースポーツ

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