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死去 武邦彦元調教師の豪快伝説

東スポWeb 8月13日(土)13時2分配信

 元JRA騎手・調教師で、武豊(47)、武幸四郎(37)両騎手の父としても知られる武邦彦さんは病気治療中だったが、12日午前1時26分に滋賀県内の病院で死去した。77歳だった。騎手として30年近く活躍し、数々の大レースを制覇。調教師として手がけた馬もGIレースなどを制した。競馬界に多大な貢献をしたレジェンドをエピソードで追悼――。

 武邦彦さんは1938年10月20日生まれ、京都府出身。57年に騎手デビューし、60~80年代にかけて大活躍。ロングエース(72年日本ダービー)、キタノカチドキ(74年皐月賞、菊花賞)、トウショウボーイ(76年有馬記念、77年宝塚記念)など、数々のGI級レースを制覇した。長身を折り曲げて巧みに馬を操る騎乗スタイルから「ターフの魔術師」の異名を取り、85年2月の引退までに中央通算1163勝をマークした。

 87年に調教師へ転身してからはバンブーメモリー(89年安田記念、90年スプリンターズS)やメジロベイリー(2000年朝日杯3歳S)のGI馬を輩出。09年の引退まで同375勝を挙げた。

 本紙では10年2月に“魔法のムチ 武邦彦の真実”と題して騎手、調教師、騎手の父としての半生を語る連載を掲載。この中で、特急こだまのビュッフェ車にあった100本近いウイスキー小瓶を空にして窓際に並べたジョッキー時代の酒豪ぶり、72年にロングエースで日本ダービーを制覇した際に副賞のトヨタ・クラウンを担当キュウ務員にプレゼントした逸話、73年菊花賞をタケホープでアイドルホース・ハイセイコーにハナ差勝ちした際にハイセイコーのファンから中傷の電話を受けて苦労したことなど、数々のエピソードを語っていた。

 前記のように現役騎手時代は馬に負担をかけずに好位置を取り、なるべく余力を残して直線に向かう騎乗法。がむしゃらに馬を叩いて追う、当時当たり前だったスタイルとは対極にあった。そのスマートな手綱さばきは、息子であり現在も第一人者としてJRAを引っ張る武豊騎手にも引き継がれている。

 一方で調教師引退後も勝負師としての闘志は現役時そのままだった。

 騎手時代の思い出のレースとして挙げた77年有馬記念。自身が乗ったトウショウボーイとライバル・テンポイントがスタートから後続を大きく引き離して戦った伝説のグランプリで、トウショウボーイは3/4馬身差の2着に敗れたが「あんなに清々しい気持ちでレースを終えたのは初めてだった」。

 勝ち負けを超越した一戦だったことを振り返っていたが、息子・武豊騎手のパートナーとして有名なディープインパクトとトウショウボーイが架空対決したなら…という振りに「ハナ差トウショウボーイが勝つよ」。“先輩”としての誇りを見せていた。

 通夜は14日に、告別式は15日に執り行われる。

最終更新:8月13日(土)14時0分

東スポWeb

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