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「リオ五輪」開会式の飛行機、その正体は? ライト兄弟の代わりに教科書へ載ったかもしれないブラジル人

乗りものニュース 8月13日(土)0時0分配信

「飛行機」はブラジル人が発明した?

 2016年8月5日(日本時間8月6日)に開幕した「リオデジャネイロオリンピック」。その開会式の序盤、ひげを蓄えた紳士が一風変わった飛行機に乗って離陸、ワイヤーにつるされ、場内をゆっくり上昇していく様子、見た人は少なくないでしょう。

 この「ひげの紳士」は、19世紀から20世紀初頭を生きたフランス系ブラジル人、アルベルト・サントス・デュモン。開会式に登場した「14bis(14号の意)」と呼ばれる飛行機を開発した人物です。

 日本において、デュモンの知名度は決して高いとはいえません。しかし、あとほんの少しだけ“歴史の歯車”が食い違っていたならば、世界中の教科書に記され、日本においても知らない人はいない偉人になっていたことでしょう。

 現在、デュモンに代わり教科書へ記されているのは、ウィルバー・ライトとオービル・ライトというふたりのアメリカ人、すなわち「ライト兄弟」です。デュモンは「ライト兄弟の次に飛行機を発明した人物」なのです。

 デュモンは1906(明治39)年9月13日、フランスのパリ郊外において「14bis」の初飛行を実施し、飛行機の“発明”に成功します。しかし彼の“発明”は、史上初ではありませんでした。すでにライト兄弟が1903(明治36)年12月17日、彼らの飛行機「フライヤー」号によって、飛行に成功していたのです。

「発明」とは、三省堂『大辞林 第三版』によると「それまで世になかった新しいものを、考え出したり作り出したりすること」。そう考えると、デュモンの実績を「発明」と表現するのは、適切ではないと思うかもしれません。

ライト兄弟は「うそつき」?

「デュモンが飛行機を発明した」ともいえる理由のひとつは、ライト兄弟がその飛行機「フライヤー」を原則非公開とし、わずかな立会人のもとでしか飛行を実施しなかったことによります。

 1900(明治33)年ごろには、すでに“空気よりも重い”飛行機の誕生はあと一歩のところにあり、欧米では誰が一番最初に飛行機を完成させるのか、多くの研究家によって競争の状態にありました。そして当時、「飛行に成功した」と自称するものが少なくなかったため、ライト兄弟の実績もまったく信用されなかったのです。

 デュモン自らが搭乗した「14bis」による最初の飛行は、たった6mでした(諸説あり。おおむね4~7mといわれる)。しかしながらデュモンは、「一般公開のもとで初めて飛行を成功させたこと」によって、「飛行機の発明者」としてその名を世界中へ轟かせることになります。「ライト兄弟は『フライヤー』を飛ばしたというが、彼らは『ライヤー(嘘つき野郎)』である」、そう記した新聞さえありました。

 もちろん、ライト兄弟の実績は事実でした。また「14bis」が左右水平方向(ヨー軸)と上下垂直方向(ピッチ軸)の操縦しかできなかったのに対し、その約3年前に登場したライト兄弟の「フライヤー」はさらに左右横転(ロール軸)の操縦も可能。現在の飛行機とまったく同じように、機体の姿勢を自由にコントロールすることができました。

 さらに「14bis」が飛んだころには、すでに「フライヤー」は数十分間の飛行を実現。後日、ライト兄弟がパリへ乗り込んで初めて「フライヤー」の公開飛行を実施すると、ライト兄弟をして「ヨーロッパの飛行機などニワトリがジャンプしたに過ぎない」という自信が“本物”であったことが実証されます。

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最終更新:8月13日(土)0時28分

乗りものニュース

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